艾未未氏の戦い、その後
2009年6月11日(木)
先日の日記で取り上げた、艾未未氏のブログが閉鎖されました。
( 前回、コメント&情報をくださったルリさん、謝謝! )
残念です。
でもきっとこれからも、彼の戦いは続いてゆくのでしょう。
この夏、東京の森美術館で、艾未未氏の展覧会があります。
http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/index.html
ちかぞうも、訪れてみようと思っています。
2009年6月11日(木)
先日の日記で取り上げた、艾未未氏のブログが閉鎖されました。
( 前回、コメント&情報をくださったルリさん、謝謝! )
残念です。
でもきっとこれからも、彼の戦いは続いてゆくのでしょう。
この夏、東京の森美術館で、艾未未氏の展覧会があります。
http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/index.html
ちかぞうも、訪れてみようと思っています。
2009年2月26日(木)
昨日、のことです。
に、東京都写真美術館 まで行って参りました。
アレで、入場無料なのはすごい。
特に、東京都民は恵比寿へゴー!
( だって都立の施設ですもの。都税を取り返すチャンス!? )
概要のご紹介については、コチラ(↓)をご覧いただければ。
ちなみに、ちかぞうが書いた記事です。えへへへ。
ところで、最先端系?のゲージュツ作品というと、
どうしてもキワモノというか、少し怖いというか、
居心地が悪いというか。
イメージとしては、太陽より、月? ルナティック?
いや決して、キライぢゃないんですけれども。
もっと心温まるモダンアートってないのかしらん。
それを考えると、教育テレビってすごいです。
なかでも 森山開次さん の「踊る内臓」なんて、
あの許容と拒絶の崖っぷち(NHKとしてもギリギリ?)で、
甘酸っぱくて胸キュンなところが、たまらんのです。
♪ 五臓うかれて 心うかれて 踊り出す~ ♪
( ← 尾藤イサオさんの声でお願いします )
嗚呼、そして忘れてはならないのは、岡本太郎さん。
あの方は、月より太陽、いえ、むしろ宇宙。
爆発ですもの、ビッグバン。どかーん。
話が大々的に逸れましたが、恵比寿映像祭、
3月1日(日)までです。
「 エイゾウッテナンナンダ??? 」
という疑問符で、
脳味噌のシワが、埋め尽くされること請け合いデス。
2008年6月30日(月)
もっと早く、お知らせするべきだったのですが ・・・
日本中国写真文化交流協会展 「 2008中国 」
が、7月2日(水)まで、 東京国際フォーラム ・ガラス棟、地下1階ロビーギャラリー ( JR有楽町駅西隣 ) で開催中です。
四川大地震の被災地の写真をはじめ、少数民族の暮らしから、五輪と万博に向けてまい進する都市の様子まで、日中両国の写真家が “ 中国のいま ” を切り取っています。
よかったら、覗いてみてください。ちなみに、無料です。
詳細は、コチラ :
NPO日本中国写真文化交流協会 「 2008中国 」
コチラは、ちかぞうの書いた紹介記事です :
ウェブサイト「東京の観光」(東京都)トピックス
2008年6月14日(土)
今日から始まる 「 コロー 光と追憶の変奏曲 」 展。
昨日、プレス内覧会に行って参りました。いや~、素晴らしかった。
コローはフランス人。
で、会場内には、フランスのチーズ売場もありました。
森さんが小泉さんのところで食べた、干からびたチーズが主力商品です。
限定スイーツは、アンジェリーナのガトーモンブランと、マキシムのフィナンシェ(かぼちゃ味&にんじん味)。オマケのお紅茶は コント・ド・フランス のフレーバーティー。
( それにしても、そのティーパック。パッケージの表面に 「 MADE IN FRANCE 」 とあるのに、裏面に貼ってあるシールには 「 原産国名 : 中国 」 とあるのは、ナゼ? 茶葉は中国で、香り付けがフランスということなのかしらん? )
嗚呼、食いしん坊万歳!!!
え? コローの作品はどうした? ははは~。
それは、自分の目で観に行ってください。なんちゃって。
ルーヴル所蔵の、コロー珠玉の3作品も評判どおり素敵でしたが、さらに コロー & モネ & ルノワール と有名どころが3枚並ぶ一角などもあり ( モネもルノワールも、コローの影響を受けているんだそうです ) 西洋美術の素人にもその贅沢さは、十二分に伝わる構成でした。また中村吉右衛門ナレーションの音声ガイドも、最初は正直 「 どうして鬼平? 」 と首を傾げましたが、作品のエピソードのなかで吉右衛門が語るコローの台詞が、親しみを感じちゃうおじさま風で殊の外よかったです。惜しむらくは展示室の照明が、絵の表面にときどき映り込んでしまって ・・・ コローの、特に風景画は、柔らかな自然光の下で観てみたかったな~、なんて思ったりもしました。
「 コロー 光と追憶の変奏曲 」 展は8月31日(日)まで、上野の国立西洋美術館で開催中です。
2005年2月26日(土)
ここしばらく取り掛かっていた 『 新シルクロード展 』 パンフレット ( ジュニア版 ) の制作作業が、ちょっぴり一段落したちかぞうです。今回の仕事中に感じたことあれこれ、中国留学中の思い出などなどを絡めつつ、いつもの 上海エクスプローラー の日替わりコラムにアップさせていただきました。せっかくなので ( 笑 ) コチラにも抜書きしちゃいます。コラムは毎週金曜日に連載しているので、よかったらそちらも週末にアクセスしてやってくださいませ。
< 2005年2月18日 ( 金 ) 付 『 春風得意 』 より >
いま、4月から東京 ・ 神戸 ・ 岡山で順次開催される
のお手伝いで、ジュニア用のパンフレットを作っています。会場を訪れる子どもたちに、シルクロードの歴史と文化を解説するものなのですが、これが存外難しい! 複雑なものをわかりやすく、かつ読み飽きないようにコンパクトに語るというのはなかなか骨の折れる作業で、パソコンの前で 「 ああでもない、こうでもない 」 と試行錯誤する日々が続いています。
そんななか、アタマの持久力が切れそうになったとき、いつもふと心に浮かぶ情景があります。それはわたしが中国に留学していたころの教室で、そこにはいつも少し困った顔をした先生と同級生たちの笑顔がありました。
「 中国語の勉強に併せて歴史も学べたら素敵! 」 となんとも安易な気持ちで北京のとある大学の史学部に留学を決めたわたしでしたが、その学校では学部生として登録された以上、中国語能力の如何を問わず外国人留学生向けの語学クラスへの参加は認められなかったのです。他校では容認されているはずだ! と事務所に掛け合っても 「 不行 ( ダメです ) 」 の一点張り。事前の調査不足を嘆いたときには後の祭りで、当時、町での買い物すらスムーズにゆかないわたしがいきなり現地の学生に混ざって、大学の講義を受けることになってしまったのでした。
先生のおっしゃることは 「 上課! ( 授業を始める ) 」 と 「 下課! ( 授業を終える ) 」 、そして 「 但是 ( しかし ) 」 や 「 所以 ( だから ) 」 といった接続詞しか聞き取れない状況でも、レポートの課題や定期試験は容赦なくやってきます。頼みの綱は、周りに座っている同級生たちしかありません。講義が終わるとノートを借り、わからないところは放課後の時間を利用して補習をしてもらい、宿題の添削は原稿用紙が真っ赤になるまでしてもらいました。当時の彼らからしてみれば、わたしのレベルなどジュニアもジュニア、どうにか言葉を口にし始めたばかりの赤ちゃん同然だったに違いありません。それでも本当に根気よく、わたしが理解できるまで説明を重ねてくれたのでした。
彼らの苦労を考えたら、わたしが直面している問題など! モノの数ではありません。夕暮れのキャンパスで教えてもらった中国と周辺の国々の歴史の魅力を、ひとかけらでもふたかけらでも日本の子どもたちに伝えられたら ・・・ そんな思いを胸に、ときとして萎えそうになる気持ちを奮い立たせながら、今日もまた机に向かっています。
宣伝になりますが ( 笑 ) 「 新シルクロード展 」 、日本初公開となる文物も多数出展されます。機会があればぜひ足をお運びください。そしてよかったらジュニア版のパンフレットも、どうぞ覗いてみてくださいね。
2005年2月18日(金)
本日は先週金曜日、上海エクスプローラー に掲載したコラムより 「 名づけ 」 のお話 ( 抜粋 ) です。みなみなさまの 「 名づけ 」 秘話、ぜひぜひお寄せくださいませ。お待ちしております!
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みなさまにおかれましてはこの春節 ( 旧正月 ) を、如何お過ごしでいらっしゃいますか。
わたしはといえば、またまた私事にて恐縮ですが ・・・ 夏に生まれてくる我が子の名前を思案中です。こんなときには小さなアタマを絞るより、知識豊かな人たちにアドバイスをいただくのが一番なのかもしれません。幸い、いま仕事でこの4月から東京 ・ 神戸 ・ 岡山で順次開催予定の 『 新シルクロード展 』 のお手伝いをしています。そんなワケで早速、そこに集う先生たちにご意見を伺ってみました。
「 『 騫 ( ケン ) 』 なんていいんじゃない? パイオニアっぽくてねえ 」
「 騫 」 の謂れは、中国最初のシルクロード公式旅行者として知られる漢使 「 張騫 ( チョウケン ) 」 とのこと。彼はシルクロード横断中に捕らえられ、10年以上も敵方 ・ 匈奴の捕虜になるなど辛酸をなめましたが、帰国後は武帝に西域の情勢を進言して国を動かすなど、大出世を遂げた人物とか ・・・ たしかに 「 ケン 」 なら日本語の名前として違和感はありませんし、努力に努力を重ねて成功するあたりはなんともカッコよく、悪くないなあ、とは思ったのですが、我が子の名前にしては恐れ多すぎちゃうかしらん?
そして、さらに別のご意見を伺うと。
「 『 超 ( チョウ ) 』 なんていうのもいいねえ 」
「 女の子なら 『 昭君 ( ショウクン ) 』 もいいねえ 」
「 超 」 は後漢のころ、西域都護として活躍した 「 班超 ( ハンチョウ ) 」 の 「 超 」 、 「 昭君 」 は前漢のころ匈奴に嫁いだ、中国四大美女のひとり 「 王昭君 ( オウショウクン ) 」 の 「 昭君 」 とのこと ・・・ このあたりになってくると謂れはいいのですが、音がどうも日本人の名前らしくありません ( 笑 ) 。 「 超 」 なんて 「 超○○~ッ 」 とまるで子ギャル ( ? ) のようですし、 「 昭君 」 も 「 アキラくん 」 とか読まれてしまいそうで、あんまり女の子らしくありません ( 涙 ) 。
ほかにも、たとえば素敵なものなら 「 妻は西域の出身で、娘も敦煌生まれなので、敦煌の鳴沙山と月牙泉にちなんで 『 沙月 ( さつき ) 』 とつけましたよ 」 、 たとえば泣くに泣けないものなら 「 わたしは息子ができたら絶対、漢代の名将 『 霍去病 ( カクキョヘイ ) 』 の 『 去病 』 にすると決めていたのに、妻の猛反対にあってあきらめた! 」 などなど ・・・ いろいろなエピソードをお聞かせいただきました。
子どもの数だけ、名づけの悩みというのはあるものなのですね。そしていまだいい名前が思い浮かばぬまま、プレパパとプレママはこの週末も 「 うーんうーん 」 とうなることになりそうです。
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ちなみにタイトルは、ゴダイゴの 「 ビューティフルネーム 」 から取りました ( 中国語訳はテキトーです ・・・ 笑 ) 。やっぱりきっと名前はね、燃える命なんです。
2004年8月18日(水)
昨日訪れた服部サンリツ美術館の喫茶室にて、一服のお茶とともにいただいたおやつデス。
向かって左が小布施堂さんの 「 小布施楽雁 」 。
向かって右が桜井甘精堂さんの 「 花逢瀬ひとひら 」 。こちらはキャンディのようにくるくるっと包まれての登場でした。
信州が誇る小布施の老舗2軒。どちらのらくがんも赤豌豆を練り混ぜたものですが、お店のホームページによれば小布施堂さんは特上の栗蜜を、桜井さんは最上級の砂糖に和三盆を加えているのだとか。
となると、徳川三大果の栗の里としては小布施堂さんに軍配?
けれど小布施の古名という 「 逢瀬 」 を菓銘とした桜井さんも、やっぱり素敵だったりして。いやいや、落雁を 「 楽雁 」 とした小布施堂さんだって負けていません。肝心のお味はどちらも香ばしくて、だーりん曰く 「 麦こがしみたい 」 ・・・ ううーん、確かに ( 笑 ) 。素朴な味わいは、甘すぎないところがちかぞう好み。ふたつの大きな違い、といえば噛み心地でしょうか。小布施楽雁は 「 ぽりっ 」 、花逢瀬ひとひらは 「 こりっ 」 ・・・ これってもしかすると、保存の具合によるのかもしれません。
服部さん、ごちそうさまでした。きっとまた、お茶をいただきに参りますね。
追メモ: サンリツ服部美術館の抹茶セットは350円。諏訪湖を眺めてのティーブレイク、展示の名品オーラがすさまじいだけに乙なモノです♪
追メモ: ちなみに徳川三大果とは? 紀州みかんに甲州ぶどう、そして小布施の御献上栗。
2004年8月17日(火)
今日はだーりんと一緒に、上諏訪まで旅してきました。
彼は川崎から、わたしは東京の町田から、青春18きっぷを駆使しての日帰り旅行。今回の目的は、なんといってもサンリツ服部美術館の 「 茶道具の美 『 時代を超えた名品 』 」 展でありまして、日本にふたつしかない和物茶碗の国宝、本阿弥光悦作の白楽茶碗 「 不二山 」 を拝見して参りました。
このお茶碗、光悦さんが愛娘のお嫁入りの際にお振袖に包んで持たせたものなのだとか。よって別名、振袖茶碗。自分で箱書まで付けちゃって、それも作者自らが箱書付けをする 「 共箱 」 の風習はこのときにはじまったというから、光悦パパの娘への愛情は計り知れないものがあります。いいお父さんだなあ、本阿弥光悦。
個人的には、国宝の不二山より、別に出ていた織部の水指の方が好きでしたが、美術館刊行の名品聚に掲載されていないところを見ると、いわゆる 「 名品 」 ではないのかしらん。それにしたって服部一郎さんのコレクションは、それほど大きくない展示室を見終えるとぐったりするほどの充実ぶり。片道4時間の道のりではあれど、きっとまた足を運んでしまいそうな美術館でありました。
オマケその1:
上諏訪駅のホームには、なんと足湯があるんですねえ。
電車を待ちつつ、旅の疲れを癒すにはぴったりでしたよ。
オマケその2:
諏訪、そして諏訪湖といえば 『 本朝廿四孝 』 の八重垣姫のラヴ ・ ステージ! 諏訪湖をバックに、姫を気取ってハイ、ポーズ!
ちなみに後ろに見えるのは、八重垣姫の石像です。すんごいデカくて、びっくし。
2004年8月15日(日)
本日、畠山記念館の夏季展 「 季節の茶道具取り合せ 」 を観て参りました。
雨漏堅手茶碗に黒楽茶碗 ・ 一入作 「 馬たらい 」 、尾形乾山作のゆいほこ香合などは一度拝見したかったものばかり。そんな憧れの逸品がずらりと並んでおりまして、あまりの嬉しさに貧血モノの取り合せでございました。
そんな高まりを静めるべく、お茶券 ( 400円 ) を買い求めましてフウと一服。2階の展示室では、掛物などを眺めながらお薄がいただけるってご存じでした?
で。
お茶菓子は鶴屋八幡さんのらくがん、朝顔でした。あまりの可愛らしさに、スケッチスケッチ!
畠山記念館、いつ訪れても茶の気が満ち満ちていてダイスキ! このお茶菓子が、実は美術品鑑賞を超える楽しみのひとつだったりもして。ウフ。
2004年8月10日(火)
じゃじゃーんっ!
昨日、第16回歌舞伎フォーラム公演の制作発表に顔を出して参りました。
共著 『 一日3000円の東京満喫プラン 』 のなかで歌舞伎を紹介した際にお世話になって以来、フォーラムを主催する日本伝統芸能振興会とはお付き合いが続いています。今回もそんなワケで、記者会見に呼んでいただきました。
はっきり言って、今回は期待できそうですぞ。
まず第一部 「 歌舞伎に親しむ 」 では、歌舞伎独特の立廻りと見得を取り上げるとのこと。以前、大道具をテーマにした際には感激した女の子がほんとに大道具さんに弟子入りして、いまでは立派な大道具さんになっちゃったなんて歴史もあるのだとか。そのくらい、歌舞伎フォーラムの感染力は強い! 役者さんには男性しかなれませんから、その点今回ちかぞうは安心して見ていられるなあ ( だって諦めがつくでしょ? ) 。あ、でもだーりんが 「 俺も役者に! 」 なんて言い出しちゃったら ・・・ マジなら応援します、こりゃドキドキだ。そんなこんなで立廻りと見栄、歌舞伎を歌舞伎たらしめている技巧の粋を、味わいに出かけようではありませぬか。じゃんけんに勝てば、ステージに上がってカブキ体験だってできるんですよ。前回、勝負に敗れて泣く泣く引き下がったわたし、今度こそじゃんけんを特訓して望む覚悟です。えいえいおーっ!
第二部はフォーラムお得意、小芝居復活の 『 曽我物語 ― 中村之場 』 。小芝居というのは歌舞伎の1ジャンルで、歌舞伎座などにかかる大歌舞伎は大芝居と呼ばれます。それに対して小芝居というのはもっと庶民に近いところ、町の芝居小屋などで上演されておりました。となれば内容も大芝居よりわかりやすくなるのは自然の理。いわばもっと気軽に楽しめる歌舞伎、が小芝居なワケです。ところが昭和40年代、脱亜入米 ( ! ) の高度経済成長が災いしたのかすべての興行が幕を閉じてしまい、いまでは台本もどこへやら。せっかく大芝居、小芝居で影響を与え合いながら歌舞伎というゲージュツを伝えてきたというのに、これではあんまりもったいなかろう。そこで日本伝統芸能振興会が一念発起、その復活に乗り出して現在に至っている由。歌舞伎は難しくてワケわからん、と思っている人こそ小芝居を観てほしい。歌舞伎座の敷居は高すぎるよ、なんてボヤいている方こそ、もっと跨ぎやすい敷居もあるということを知ってほしいなあ。モノは試しで、まずはご覧アレ! きっとアナタの歌舞伎観、変えてくれると思いマス。
ちなみに演目の 『 曽我物語 ― 中村之場 』 は 『 忠臣蔵 』 と並ぶ三大仇討ちストーリーのひとつ ( あとのひとつは 『 伊賀越 』 デス ) 。江戸庶民のヒーロー曽我兄弟、五郎と十郎には実はもうひとり弟がいた! だなんて、聞けばかなりワイドショーっぽいですが、笑いあり涙あり、家族についてもう一度考え直させてくれるお話なんですって ( わたしも今回が初見になるので、説明があやふやでスミマセンです ) 。出演者も平成中村座NY公演に出演した中村歌女之丞さんをはじめ、中村又之助さん、市川竜之介さん、澤村國矢さんと豪華なもの! 個人的には國矢さんがスキですよ、ええ。だってカッコいいですもん。ぜひ劇場で堪能していただきたく。ウフフ。
第三部の 『 操り三番叟 』 は、歌舞伎舞踊の王道です。人間が人形のフリをして踊る、まんま大道芸でもいけるのではないかと思わせるパントマイムちっくなパフォーマンス。ダンスはコトバぢゃなーいっ! それこそ、外国の方でもよっぽどのむっつりさんでもなければ 「 オゥ、グレイトゥ! 」 とか 「 ハオ! 」 とかなんとか言ってガッハッハと笑ってくれること請け合いです。ある意味、接待向き? だなんて、中国人出張者のアテンドをしばしばつとめたりしているちかぞうは、そんなことも考えてしまったりして。いやーん。
なんて長々と書いてしまいましたが、来月はちかぞうも公演に足を運ぶつもりです。江戸博の関連展示と絡めて、らんらんスキップで出かけます。9月はいそがしくなるぞお、わお。
公演の詳細は日本伝統芸能振興会ホームページもしくは舞台創造研究所ホームページをご覧くださいませ。
さて最後に職権活用 ( ? ) のお宝フォト。向かって左から、國矢サマ、又之助さま、歌女之丞さま、竜之介さまデス。この仕事してて、嗚呼よかった。フウ。
2004年8月7日(土)
昨日、出光美術館で開かれている 「 中国陶磁のかがやき ―― 景徳鎮民窯千年のあゆみ ―― 」 に行ってまいりました。
いやあ、驚きました。
明の嘉靖時代につくられた色絵人物文壷。
見てのとおり洒落た壷だったのですが、この人が ・・・
・・・ 天童よしみにうりふたつ。もう本人としか思えない。
だまされたと思って見に行ってください。絶対にビックリするから。
そんなことを語るためだけにこの壷を、3時間もかけて描いたちかぞうって一体 ・・・ ははははは、はは。
ま、それだけでもナンなので。
なんでもことしは小さな窯業の村だったこの町が北宋初期、第三代真宗趙恒の景徳元年 ( 1004 ) に鎮名として 「 景徳 」 を与えられてから、ちょうど1000年目にあたるとか。いまではケイトクと打っても変換されないくせに、ケイトクチンと打てば一発変換なほど本歌をしのぐ発展ぶり。この展覧会も大変見ごたえのあるものでしたわ。白磁、青磁、色絵、金襴、すべてが美しゅうございました。ほほほほほ。
2004年8月5日(木)
こんにちは。ちかぞうです。
フリーでライターとイラストレイターをしております。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
って、こんな名刺を出したらカッコいいでしょう?
コレ 「 ちかそう 」 って書いてあるんですよ。
甲骨文字なんで、てんてんは出ないのですけれど。
昨日、東京国立博物館の親と子のギャラリー 「 文字 ・ もじ ・ モジ 」 に行って参りました。中国で生まれた漢字が日本に渡り、ひらがなやカタカナになり、三筆や三蹟と呼ばれる人が出て、云々。そんなともすると小難しい歴史をわかりやすく、資料を交えつつコンパクトにまとめてあって、子どもならずもとっても勉強になりました。
そして展示の最後に 「 甲骨文字で名刺をつくる 」 なんてコーナーがあったんです。 「 おじいちゃんとおばあちゃんにつくってあげるんだあ! 」 とか 「 コレ、夏休みの自由研究にしよう! 」 とか、そんな可愛らしい声の響くなか、ひとりでせっせと甲骨文字シールを貼ってきましたです。ナハナハ楽しかったですよ、すこぶる。
8月29日まで、さまざまなワークショップもあるのだとか。
ファミリーでも、ファミリーでなくても、文字マニアにはおすすめです。
甲骨文字の名刺を、持ってみたい方もぜひどうぞ!
2004年7月14日(水)
サントリー美術館 「 唐三彩展 洛陽の夢 」 より ・・・
トリビュート企画第2弾!
いや、どっちかというとコッチか。
楽人トリオで鈴木杏ちゃんに対抗ってことで。
だーりん、さんきゅー!
追メモ:
図録より。
三彩騎馬楽人俑 3点
唐 7-8世紀
1954年洛陽市収集
1 ( 向かって左側 ) : 高 ( h ) 39.0cm
長 ( l ) 36.0cm 幅 ( w ) 11.3cm
2 ( 向かって中央 ) : 高 ( h ) 39.5cm
長 ( l ) 33.0cm 幅 ( w ) 10.8cm
3 ( 向かって右側 ) : 高 ( h ) 39.6cm
長 ( l ) 35.0cm 幅 ( w ) 11.3cm
河南博物院蔵
楽俑も漢代の楽舞俑の副葬と同源の精神性を感じさせる、副葬明器にふさわしい素材である。3点とも騎乗して簫 ( しょう ) を吹く同じ男俑であるが、他の楽器の吹奏者とセットで制作されたのであろう。馬体も人体も同笵と思われ、顔まで同笵のようである。馬は頭を少しもたげて静かに立っている。騎乗の奏者は籠冠 ( ろうかん ) を戴き、両目は真っ直ぐ正面を見、緑色の広袖の単衣を着て、両手で簫を持って演奏している。手にする簫は同形であるが、1 ・ 2の人物の簫は3と表裏が逆で、3の人物の簫の表面には線刻で竹管が表現されている。1の馬には褐釉、他の2体には黄味を帯びた白釉を主に施し、装飾はほとんどない。腹部が大きく刳り抜かれている。人物の顔などの露胎部への加彩はほとんど残っていない。
2004年7月11日(日)
昨日はだーりんと一緒に、サントリー美術館 「 唐三彩展 洛陽の夢 」 へ行って参りました。
早速、ふたりの一番のお気に入りを紹介します。
図録によると、この作品は ・・・ ( 全文ママ )
唐 ・ 景龍3年 ( 709 )
1981年洛陽市安菩夫婦墓出土
高 ( h ) 112.2 cm
洛陽博物館蔵
鷹形の飾りの付いた兜を被り、四角い顔で、眉間にしわを寄せて大眼をぎょろつかせている。筋肉が隆々とし、勇猛な顔つきである。左手は腰に添え、右手はこぶしを握って上に挙げている。襟のぴったりとした戦袍 ( せんぽう ) を着て、鎧を着け、臑当を縛り付け、先の尖った沓を履いて、台座上の緑釉を掛けた臥牛を踏んでいる。施釉は深緑釉を基調として白斑を散らし、紅褐 ・ 白釉を部分々々に掛け分ける。顔と頭部は露胎で、太い眉や眼、髭を墨彩し、唇を朱彩する。また、兜の鷹の尾の朱彩と吹返 ( ふきかえし ) の緑 ・ 朱 ・ 黒彩を使った唐草状の文様が残っている。器形は大型化の頂点にあり、要望も立派で、姿形に動きがある。
とのこと。確かに作り手がノリに乗ってつくった感じで、観ているコッチまで元気が出ちゃいました。
ちなみに、だーりんにいわせるとこの武将、
って言ってるんだそう。おいおい、ほんとかい :) 。
不況が続く吉野家さんっ
ぜひコイツをイメージキャラクターにしてやってください!
2004年7月4日(日)
昨日だーりんとふたりで、大倉集古館の 「 大倉喜八郎コレクションⅠ 仏教美術ってムズカシイ? 」 なる展示会へ行ってまいりました。
( 泉屋博古館のご近所だったので、ハシゴしちゃいました! )
今回の展示について、大倉集古館さんってばホームページで曰く:
「 美術館の作品は動物園の檻にいる動物たちと違って決して動くことがありません。動物たちのポーズや動きを見たり接したりすることで、私たちの動物への愛着や関心は高まってきます。しかしケースの中の美術品は振り向くことなく、興味ある者にだけ感動の対象として記憶に残っていくものです 」
続けて、曰く:
「 今回の展覧会では、美術品のなかでもちょっと 「 ムズカシイ 」 イメージのつきまとう仏教美術をいつもと違う見方で親しんでいただければと思って企画されています。どのような状態でも美しいものは、美しいのです。ただ、限られた環境で見るとその美しさになかなか気付きません。作品に興味が有るか無いかの判断を下す前に、もう一度作品を 「 見直して 」 みませんか? 」
でも ・・・ 正直なところ、あんまり期待はしていなかったんです。
こういう意気込みって、空回りして終わることが多いでしょ。
と~ころがどっこい、今回の大倉さんはやってくれたんですねえ。
たとえば、集古館の誇る国宝!
このお宝も、寄木がパーツごとに分解されてバラバラになってのお目見えでした。ガラスの向こうに仏サマは仏サマ、象は象、蓮華座は蓮華座、鞍は鞍で並んでいるものですから、それぞれをまあじっくりと眺められること、眺められること。そして国宝を木っ端微塵 ( ? ) にしちゃっただけでも十二分に驚きなのに、さらに四方八方から激写した写真をかたわらにベタベタと ・・・ おかげさまでうっかりすると見落としがちな繊細な模様から、 仏サマの乗っていた象さんがオスだということまでハッキリと見え見えで、象を真下からアップで撮影した
こーんなアングル ( ↑ ) まで大公開なんですもの。
コレが興奮せずに観ていられますかって :) 。
( ちなみに向かって右が前側です。
あの富士山を横にしたようなのが象さんのお鼻デス )
大倉集古館の学芸員さんのコトバを借りれば、
「 国宝にカラダをはっていただいた 」
展示会。
こんな方針に賛否両論あるとはいえど、方々から漏れ聞こえた
「 コレ、組み合わさってるときにまた観たいね 」
という声、声、声に、ときにはこういうケタケタ笑える仏教美術展もいいなっと思った次第でございます。
「 大倉喜八郎コレクションⅠ 仏教美術ってムズカシイ? 」 は今月28日 ( 水 ) まで。
ムズカシイことを難しくなく教えてほしい方に、オススメですゾ!
追メモ:
美術品の修復方法を解説するコーナーもわかりやすくてニジュウマル! 修繕待ちのズタボロの掛け軸をあえて人目にさらして 「 これを見れば、この美術品が如何に修復を必要としているかがわかるでしょう 」 といったようなキャプションをつけちゃうあたり、ありそうでなかった心憎さでした。
2004年7月3日(土)
泉屋博古館 分館の春季展 「 香りと雅の世界 」 に行ってまいりました。
有名人の作に弱いちかぞう。もともと野々村仁清の丹頂鶴香合を写真で見て、実際に観てみたいと思って赴いたのですが、
実際に観てみたら、そのそばにあった宮川香山の孔雀香炉の方がかわいらしかったデス。
部屋に置くんなら断然、孔雀香炉だなあ ( ← ムリムリ ) 。
追メモ:
調べてみたら、宮川香山。明治の初めに輸出用陶磁器をつくるために横浜に移住し、真葛焼の窯を開いたんだそうです。真葛焼という名前は彼の生まれた京都・東山の真葛ケ原にちなむとか。明治9年のフィラデルフィア万博をはじめ、その作品は多くの博覧会で受賞を重ね、なんとかのロイヤルコペンハーゲンにも影響を与えたんですって。私事になりますが、ちかぞうはハマっ子です。知らなかった故郷の歴史を、孔雀ちゃんに教えてもらってしまいました。
2004年6月29日(火)
ちょっと前の話になりますが、横浜高島屋で 「 没後20年 荒川豊藏と加藤唐九郎 ― 桃山陶に魅せられた二人の軌跡 ― 」 を観て参りました。展示作品には志野あり、黄瀬戸あり、瀬戸黒・黒織部あり。また書や画といったものも多く、大変見応えのある展覧会でありました。
そして数あるなかでちかぞうの印象に残ったのは ・・・
タイトルにも掲げた 「 永仁の壷 」 事件の壷 ( 「 古瀬戸写瓶子 」 翠松園陶芸記念館蔵 ) だったのです。
「 永仁の壷 」 事件とは、どんな事件だったのでしょう?
( ちかぞうも調べたばかりのにわか知識なのでありますが ・・・
ご存知ない方のために、以下ご参考まで。
お詳しい方、訂正点などあればどうぞご指導くださいませ )
昭和35年 ( 1959 ) 、日本最古の年銘 「 永仁2年 」 ( 1294 ) をもつことにより重要文化財に指定された 「 永仁銘瓶子 」 という壷がありました。桃山よりさらに古い鎌倉時代の瀬戸窯の作品 ・・・ 「 いい国つくろう 」 のわずか100年後と聞けば、素人にだってそのとんでもなさが知れようというモノです。ところがこの瓶子、翌年 ( 1960 ) にはなんと加藤唐九郎さんが昭和12年 ( 1937 ) につくった贋物だったことが判明して、重文指定を取り消されてしまったのだとか。当時の陶芸界の、上を下への大騒ぎは想像に難くありません。
唐九郎さんは贋作を世に出すことで果たして何を得たのでしょう?
たとえば数年前の藤村氏による石器捏造事件なら、功名心ともいえたでしょうが ・・・ これだけのリスクを冒してまで表現しなければならなかったことって一体何だったのでしょうか。実際のところ、贋作が明らかになってから唐九郎さんは日本陶磁協会理事などすべての公職を辞し、当然といえば当然ですが、国立の博物館や美術館に作品が収蔵される道も閉ざされたそうです。もちろん、贋作作家のレッテルも貼られました。おそらく多くの友人や恩人を裏切ることにもなったと思います。だのに、なぜ???
ただの表現欲でもなく ( それだけなら他人を騙す必要なんてないのですから ) 名誉欲でもない。もっと異質な 「 欲 」 なり 「 感情 」 なり 「 力 」 なりが働いた、かもしれないし働かなかったかもしれない緑黄色の壷は、何も語らず静かにそこにありました。往年の事件をめぐる客のヒソヒソ話はガラスを隔てて届くすべもなく、かといって途切れることもなく、およそ70年のときを重ねた陶磁の前で空回りをしているようでした。
追メモ:
白洲正子さんと加藤唐九郎さんの対談集に 『 やきもの談義 』 というのがあるそうです。機会を見つけて読んでみようかと思います。白洲さんは別のところで永仁の壷について 「 いいものはいいんだから 」 といったことをおっしゃっておられる、と聞きましたが、それでも 「 どうしてだったのかな 」 と気になってしまうちかぞうはワイドショー気質丸出しなんでしょうか。えへ。
2004年6月11日(金)
ちかぞうは毎週金曜日、上海エクスプローラーというサイトで 『 春風得意 』 というコラムを連載しています。
サイト訪問者の多くが中国と関わり合いのある方々ということもあり、週末になんらかの中国ネタをちょっぽりずつアップしているのです。
さてそんなこんなで、今週のお題は 「 チンタオサウルス 」 でありました。
というのも、先週末に恐竜ファンの甥っ子にせがまれて 「 神奈川県立 生命の星・地球博物館 」 ということろに足を運んだところ、エントランスでいきなり出迎えてくれたのがカレ ( の標本 ) だったのです。チンタオサウルス、中国名 「 青島竜 」 はビールで有名な山東省・青島で発見されたことから、こんな名前がつけられたとのことでした。
それで 『 春風得意 』 では、
「 中国って恐竜王国なんですって! 」
というようなことをしたためたのでありますが ・・・
実は、ほかにも気になることがあったもので。
チンタオサウルスってパッと見たところ頭から角が一本生えていて、一角獣みたいなんです。それがなかなか素敵だったりして、標本を眺める子どもたちやカップルからも、
「 ユニコーンみたーい 」
とかなんとか言われちゃったりもしている。
が、しかしデスよ。
この角が、なんとまあ鼻の骨が折れたモノだとする説があるんですって。つまり化石になるとき、なんらかの原因で鼻の骨が折れて、おでこのあたりにくっついちゃったまんま化石になってしまった、と。喧嘩で鼻面を蹴り上げられたか、前のめりにこけたのかは知りませんけれど、それが本当だとしたらちょっとカッコ悪い。
「 ユニコーンみたーい 」
とかいわれて騒がれているだけに、まさにチンタオサウルスの面目丸つぶれです。
面子を重んじるあの国生まれでありながら、これはあまりにも哀れ。
チンタオサウルスに嗚呼、中生で乾杯!
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