July 08, 2009

シネマ歌舞伎『牡丹亭』

2009年7月7日(火)


 「 言葉の問題は乗り越えられません。

   言葉の問題じゃなくて、

   その役の問題。

   そこでしか

   乗り越えられないと

   僕は思いました。 」


 そうなんです。今日、観てきました。


 シネマ歌舞伎 『 牡丹亭 』


 坂東玉三郎さんがことし3月、蘇州昆劇院と共に演じた昆劇 『 牡丹亭 』 の、制作ドキュメンタリーと舞台編。

 ※昆劇について等は、上記のサイト(松竹さんのページ)をご覧ください

 冒頭の引用は、制作ドキュメンタリーの中での、玉三郎さんのお言葉です。

 ああ、そうか。そうなんだ、と ・・・ 映画館の椅子の上で震えました。

 伝えるために、努力して努力して努力して、言葉を学んで努力して、そしてその圧倒的な努力の末に、最後はやはり、伝えたいことの本質が大切なんですね。

 そしてもうひとつ、驚いたこと。玉三郎さんは惜しげもなく、自らの芸を中国の劇団員たちに与えていました。自分が昆劇を教わっているのだから、ということもあるのでしょうが、それにしても当日の演目に関係のないことまで、あふれんばかりの芸を、大陸の役者さんたちに手渡していたのです。

 それに引き換え自分は、与えられるモノもないのに出し惜しんでいやしないか。貪欲に吸収すること、そして自分に出来得る限りの恩返しをすること、もっと言えば、恩返しとして相手に残せるだけの何かを己の中にきちんと育てること。どれもこれも、異文化と向き合ううえでは当たり前のことのはずなのに、どうして忘れちゃっていたんだろう。

 そんなことを自問自答しながら、それより何より玉三郎さんの美しさに久々にボーッとなって、帰りの日比谷線に揺られていました。

 コチカゾウの幼稚園のお迎え、時間ギリギリで猛然ダッシュだったけれど、でも観に行ってよかった。本当によかった。

 玉三郎さん、ありがとう。ありがとう。謝謝、謝謝。非常感謝。


追記 : 昆劇 『 牡丹亭 』 も、もちろん素敵でした♪ 昆劇のことは分かりませんが、でもカップルの初々しさや艶っぽさは、仁左衛門さん&玉三郎さんの歌舞伎の舞台に、ちかぞうとしては軍配を上げちゃうかな~。いや仁左衛門丈はちかぞうの中では神様みたいな人なので、神様と比べられちゃ相手役の俳優さんもかわいそうなのですが。でも一見ならず二度見、三度見の価値アリだと思います。ぜひ蘇州で、本場で観てみたいものです。いつかきっと~ッ!

追記 : ドキュメンタリー中、南京大学での講演のシーンで、映画 『 覇王別姫 さらば、わが愛 』 と主演のレスリー・チャンの話が出てきます。こりゃファンにはたまらんです。もしまだ観ていない方がいらっしゃったら、レスリーの女形を観てから 『 牡丹亭 』 のドキュメンタリーを観ることをオススメします。

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June 15, 2009

艾未未氏の戦い、は続く

2009年6月15日(月)


 艾未未氏、調べてみたら。

 閉鎖されたブログのほかにもブログ、やってました。

 http://blog.aiweiwei.com/
 http://www.bullogger.com/blogs/aiww/

 しぶといなあ、艾未未!!!

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June 11, 2009

艾未未氏の戦い、その後

2009年6月11日(木)


 先日の日記で取り上げた、艾未未氏のブログが閉鎖されました。

 ( 前回、コメント&情報をくださったルリさん、謝謝! )

 残念です。

 でもきっとこれからも、彼の戦いは続いてゆくのでしょう。


 この夏、東京の森美術館で、艾未未氏の展覧会があります。

 http://www.mori.art.museum/jp/exhibition/index.html

 ちかぞうも、訪れてみようと思っています。

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March 05, 2009

WBC対中戦 中国スポーツライターの語る中国代表

2009年3月5日(木)


 いよいよ今晩、WBC対中戦です。

 ちかぞうの友人で、中国スポーツライターの坪井信人さんが、スポーツナビでこんな記事を書いてます。


 初戦で日本に挑む中国、成長著しい若手を招集 WBC出場チーム分析


 坪井さんは現在、中国のスポーツマーケティング会社 OCEANS で大活躍。中国のスポーツ事情について、日本のラジオなどでも時々コメントしていらっしゃるので、スポーツファンなら名前を聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。

 ちかぞうにとっては、中国スポーツのことなら彼に聞け! というくらいの、秘蔵の知恵袋のような方です(笑)

 コレを読んでから観戦したら、今日の夜の試合も、より楽しめること請け合いデス。

 がんばれ、日本! 加油、中国!

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January 27, 2009

春節快楽!恭喜発財!

2009年1月26日(月)


 あけましておめでとうございます。

 今日は、旧暦の1月1日。横浜の中華街へ行ってきました。

 昼食に入ったレストランの隣のテーブルでは、中国からお嫁に来たらしき女性3人衆の、熱いおしゃべりが炸裂中。ものすごい大声なので聞き耳を立てるまでもなく丸聞こえだったのですが、話題の9割が 「 如何にしてお金を貯めるか 」 ・・・ どこの誰が不動産でいくら儲けたとか、知り合いの事業を手伝えばいくら稼げそうだ、とか。ちかぞうが入店してから、帰るまでずーっと口を動かしっぱなし(あんなに絶えず話しているのに、お料理がきちんと減ってゆくのも、摩訶不思議・・・)。きっとわたしがお店をあとにしてからも、彼女たちの飽くなき欲望(!)は、それこそエンドレスで語られたことでしょう。

 お正月の挨拶が 「 恭喜 “ 発財 ” 」 の国の人たちには、かないません。

 ちかぞうも、たくましく生きるぞ。えいえい、おーっ!

 本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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June 30, 2008

日本中国写真文化交流協会展「2008中国」

2008年6月30日(月)


 もっと早く、お知らせするべきだったのですが ・・・

 日本中国写真文化交流協会展 「 2008中国 」 

 が、7月2日(水)まで、 東京国際フォーラム ・ガラス棟、地下1階ロビーギャラリー ( JR有楽町駅西隣 ) で開催中です。

 四川大地震の被災地の写真をはじめ、少数民族の暮らしから、五輪と万博に向けてまい進する都市の様子まで、日中両国の写真家が “ 中国のいま ” を切り取っています。

 よかったら、覗いてみてください。ちなみに、無料です。

 詳細は、コチラ :
 NPO日本中国写真文化交流協会  「 2008中国 」

 コチラは、ちかぞうの書いた紹介記事です :
 ウェブサイト「東京の観光」(東京都)トピックス

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June 25, 2008

台湾スイーツ「雪花氷」

2008年6月25日(水)


 意外なところで、いただきました。

 台湾スイーツ 「 雪花氷 (シュエフアビン) 」 !


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 まるで淡雪よろしく、ふわっふわにかいた甘~いミルク氷 ( ← 日本の氷ミルクと異なり、ミルクを凍らせたものをかいているところが重要! ) に、サイコロマンゴーがころんころん入って、仕上げにチュルチュルっとマンゴーソースをかけた、マンゴー味です。

 暑い日だったので、氷がちょっとへしゃげちゃってますが。

 ちなみに場所は 千葉マリンスタジアム 。10日ほど前に家族で千葉ロッテマリーンズ vs 阪神の交流戦を観てきたのですが、雪花氷以外にも売店で 「 魯肉飯 (ルーロウファン) 」 (台湾の豚丼?) が買えたりする、ちかぞう一家にはたまらない球場でした。

 マリーンズファンになっちゃおっかな~、あはは~。

追記:
 千葉マリンスタジアム、ベビールームや託児所もある、子連れにはそれなりにうれしいお出かけスポットでした。が、おむつ替えのベッドは何故か、女子トイレにのみ完備 ・・・ パパがベイベーのおむつを替えたかったら、球場内にたったひとつしかないベビールームまで、広いスタジアムの外周を走り回らなくちゃならなさそうです。ま、走らせりゃいいんですけどね。

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June 16, 2008

童子鶏→中文英訳→「童貞の○○」?

2008年6月16日(月)


 まずは、こちら(↓)をご覧ください。


ヘンテコ中華料理名を正しく英訳―北京市  (Record China) 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080616-00000004-rcdc-cn


 童子鶏が「童貞の鶏」と訳されて爆笑なのは・・・

 鶏が「chicken」(中国語でいう「小鶏鶏」)だからですよね???

 想像すると、笑っていられないくらい猟奇的な料理です。

 さすがは、宦官の国!?

 ・・・ 翻訳って、難しいなあ。


追記 : ちなみに「童子鶏」とは「若鶏」のことです。揚げたり焼いたり、美味しいですよぉ。

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June 10, 2008

くまのプーさん?

2008年6月10日(火)


 先週末、ちかぞうの地元の駅前で、某携帯電話会社がキャンペーンをしておりました。


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コチカゾウ 「 あっ! くまのプーさん! 」

だ~りん  「 よし、お父ちゃん、一緒に写真撮ってあげるよ! 」

ちかぞう  「 やった~! じゃ、呼んじゃおうか? せーのっ! 」


 「 プーさーんっ 」


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 ・・・・・・ くまの、プーさん???


 ここは、北京の石景山遊楽園? いやいやいやいや、日本の川崎の南武線の駅前ですってば!

 だ~りんとちかぞうは、絶句して半泣きの娘を抱きしめてやることしかできませんでした ・・・ 。

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June 09, 2008

「四川大地震」救援ご協力のお願い(3)

2008年6月9日(月)


 日本赤十字社が、四川大地震と、ミャンマー・サイクロン災害について実施している救援金の受付期間を、約1カ月延長したそうです。

 詳細は、下記をご覧くださいませ。

http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1394.html

 下記ネット募金の受付期間も、延長されています。

http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1301007/index.html

 被災地では、ますます苦しい状況が続いています。引き続き、ご支援よろしくお願い申し上げます。


追伸 :

 メールの署名欄に募金情報を添えたら、もしかしたら、ほんのちょっぴりでも力になれるかも、と思っています。
 ちかぞうの署名には現在、下記のような内容を付記しています。
 コピーしてご使用いただいても構いませんので、皆さまにもご検討いただけたら、幸いです。

-------------------------------------------------
★「四川大地震」への救援ご協力をお願い致します★
(下記は「日本赤十字社」救援金に関する情報です)
http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1394.html
http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/detail/1301007/index.html
-------------------------------------------------

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May 22, 2008

中国大使館へ弔問に

2008年5月22日(木)


 昨日はコチカゾウとふたり、六本木にある 中国大使館 へ、四川大地震の弔問に行って参りました。

 車寄せの国旗掲揚台には半旗が掲げられ、丁重に通されたロビーの奥には、献花台と記帳台が設けられていました。入口脇に並ぶ大使館の方たちはみな喪服で、胸に白い花を付け、それこそ何の肩書きもないわたしたち母子にも、深々と頭を下げてくれました。領事の方とも少しお話をして、落ち着きのないコチカゾウをもあたたかく見守っていただき、最後はまた丁寧にお礼を言われ、見送られながらその場をあとにしました。

 国が喪に服し、弔問を受け付けているのですから、当たり前のことなのかもしれませんが、その寸分違わぬ 「お葬式」 の様子に、胸を突かれた思いでした。

 報道と、それを基にした自らの想像力には、限界があります。

 阪神大震災の後、被災地を訪れた際にも、同じことを思いました。

 いまあらためて地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、ひとつでも多くの命が救われ、心身の傷が癒え、被災地が一日も早く復興することを願わずにはいられません。

 できることは、少ないです。でも、まったくないわけではありません。

 四川大地震の救援に、お力添えお願い申し上げます。

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May 17, 2008

「四川大地震」救援ご協力のお願い(2)

2008年5月16日(金)


 あらためてのお願いと、追加情報です。

 下記サイトでは、インターネット募金情報(日本赤十字社ほか)を掲載しています。インターネット経由の寄付は、郵便局等に足を運ぶ必要もないので、よかったらご利用ください。

 http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/

 また前回、お伝えした日本赤十字社の郵便振替口座では「ミャンマー・サイクロン」への救援金も受け付けています(通信欄に「ミャンマー・サイクロン」とご明記ください)。併せてお力添えのほど、よろしくお願い申し上げます。詳細は、下記サイトをご参照ください。

 http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1380.html

 今日、郵便局の帰り道、コチカゾウに「募金」について説明しました。彼女曰く「難しくて、よくわからない」と。たしかに募金ほど見極めが難しいお金の使い方は、ないかもしれません。これは大人も肝に銘じておかなくては。

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May 15, 2008

「四川大地震」救援ご協力のお願い

2008年5月14日(水)


 中国の四川省で、大地震が発生しました。

 本日から、日本赤十字社の救援金受付がはじまりました。皆さま、ご協力お願い申し上げます。

---(詳細ココから)---

救援金名称:「中国大地震救援金」

募集期間:2008年5月14日(水)~6月10日(火) 約1カ月間を予定

救援金受付口座:

郵便振替口座
・口座番号  「00110-2-5606」
・加入者名  日本赤十字社
・通信欄に「中国大地震」と明記
 
※受領証の発行を希望の場合は、その旨を通信欄に記載
※郵便局窓口での取扱いの場合、振替手数料免除

http://www.jrc.or.jp/sanka/help/news/1394.html

---(詳細ココまで)---

 四川省は、ちかぞうが北京留学時代に中国語を教わり、また日本語を教えたこともある同学(クラスメート)の故郷です。

 また省内の重慶という都市には、貧乏旅行をしていたとき、見るに見かねて宿を貸してくれたご家族の家もあります。重慶は戦時中、日本軍が大規模な爆撃を行ったことにより、反日感情が根強い街です。でもそこにも、あったかい家庭があって、困った外国人(日本人)に手を差し伸べてくれるのです。あの夜、アパートのリビングで、みんなで囲んだ火鍋(四川名物の鍋料理)は美味しかったなあ。大学生の息子さんは夜遅くまで、長江にまつわる三国志の物語を熱く語ってくれたっけ。お母さんは冬になると「北京は冷えるから」と言って、ちかぞうの住む北京師範大の留学生寮まで手編みのベストを送ってくれました。

 ちかぞうの世話になった人がいるんだ、と思って、ニュースを気に掛けていただけたら。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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May 09, 2008

胡錦涛主席来日パーティー

2008年5月8日(木)


 厳戒態勢のなか行って参りました、日中友好7団体による胡錦涛主席来日パーティー。


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グランドプリンスホテル赤坂「五色の間」
※式典中は撮影禁止だったので、閉会後の会場風景しか掲載できないのが残念!


 胡錦涛さん、思ったよりぽっちゃりで、典型的な中国人~ッ! という感じでした。もっと中国人っぽくない人を想像していたのですが、ちょっとびっくり。テレビ&写真映りに、だまされていたかなあ?

 かの国にも我が国にも、そして両国のあいだにも、笑顔のあふれることを祈って。

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親子で政治討論

2008年5月8日(木)


 数日前の、我が家の政治討論。

ちかぞう :「胡錦涛さん、上野にパンダ連れてくるらしいじゃん?」

だ~りん :「でも高いらしいね、レンタル料」

ちかぞう :「石原さんは
       『パンダなんて、いてもいなくてもいい』
       とかって言ったんでしょ?」

コチカゾウ:「パンダは、いた方がいいねえ」

だ~りん :「石原さんも、あんな銀行作らなきゃ、
        パンダいっぱい借りられたのにねえ」

ちかぞう&コチカゾウ :「そうだよねえ、そうだよねえ」

 2歳8カ月の娘っ子にだって、ときには政治に対して言いたいことというのがあるんです(笑)

 親バカでどうも、ごめんなさい。

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August 03, 2005

『CHAI』どぎまぎインタビュー

2005年8月3日(水)


 今日、中国総合情報誌 『 CHAI 』 のインタビューを受けてきました。今月末発売の9月号で、ちかぞうがイラストを描いた 『 中国人観光客 おもてなしの鉄則 』 を紹介してくださるんですって! 非常感謝!

 ところでちかぞう、ライターとして取材する側に立ったことはありますが、取材される立場なんてほとんど初めて。はじめっから終わりまで実は結構どぎまぎしていたのですが、その絶頂の瞬間はナンとまあインタビューの最後に訪れてくれました。

編 : 「 そうそう。ブログ、読みましたよ 」
ち : 「 あ、どうもありがとうございます 」
編 : 「 いいですねえ 」
ち : 「 ? 」
編 : 「ダンナさまと、仲がよくって 」

ち : 「 ・・・・・・ 」

 コレはさすがに、恥ずかしかったぞ。

 でも、仕方がありません。だって本当にラヴラヴなんですもの。どぎまぎどぎまぎしながら堂々と 「 えへへ 」 と笑ってみせました。えっへん、どうだあ!

 別にそんなやり取りは掲載されるべくもありませんが ( ← 当たり前だ! ) 『 CHAI 』 9月号、みなさんもよかったら覗いてみてくださいね。

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June 22, 2005

『幸せになるセラピー』

2005年6月22日(水)


 昨日付のメールマガジン 『 幸せになるセラピー 』 で、ちかぞうのイラストレータとしての新刊 『 中国人観光客 おもてなしの鉄則 』 をご紹介いただきました。

 サイレンジャー、ありがとう!

 メールマガジン 『 幸せになるセラピー 』 を発行する テラ ・ ライフ ・ デザイン の西連寺 ( サイレンジャー ) クンとは学生時代のお友だちで、非常にコアなECHOES & 辻仁成ファンのお仲間でもあるのですが、彼は昨今 「 ライフ ・ デザイン ・ セラピスト & コーチ 」 なるモノをはじめたのだとか。門外漢にはちょいと敷居の高い感もある ( ? ) 世界ではありますが、ちかぞうなんて結構、毎週火曜日のメールマガジンにコロッと癒されちゃったりしています、ふふ。

 なかでも第4号で、彼はこんなことを言っています。

 「 全ての物事は 『 変えてもいいし、変えなくてもいい 』 」

 そうなんですよねえ、悩んでいると忘れちゃいがちだけれど。ちかぞうなんて 「 アレもやんなきゃ、コレもやんなきゃ 」 でパニックになっちゃう 「 べき、べき 」 「 ねば、ねば 」 人間だものだから、こんな風に言われるとただ単純にホッとしちゃうんだなあ。

 あ、でもそういや数年前、だーりんに、

 「 ちかぞうはそのまんまでいいんだよ。
   変えたかったら自分の信じるとおりに変えたらいいし、
   でもそうしなきゃいけないなんてことはないんだから 」

 って口説かれたんだった~、えへ。まあそんなワケで、だーりんはいっつもちかぞうの家族や友人たちに 「 そうやってコイツを甘やかすのはやめてください! 」 ってなじられてますけど ・・・ なんていつものお惚気で、ずいぶん話が逸れちゃいました。ゴメンナサイ。

 サイレンジャーにはこれからも、たくさんの人の笑顔を引き出していってほしいなあ。 テラ ・ ライフ ・ デザイン にご興味のある方はぜひホームページを覗いてみてくださいませ。ふっと肩の力が抜けるメールマガジンの、バックナンバーも同じページから読むことができますよ。

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June 10, 2005

『中国人観光客 おもてなしの鉄則』発売!

2005年6月10日(金)


 本日、ちかぞうがイラストを手がけた

 『 中国人観光客 おもてなしの鉄則 』

 ( さかいもとみ 著 / (株)アスク ) が発売になりました。

 現在、世界の観光業界は 「 中国 」 に熱い視線を注いでいます。もちろん日本もご多分に漏れず ビジット ・ ジャパン ・ キャンペーン の主軸としてこの13億市場を狙っていますが、近くて遠い国とはよく言ったもの ・・・ 文化 ・ 習慣の違いや歴史問題などなどによって、思うようなおもてなしができていないのが実情のようです。

 この本では、中国からのお客さまをお迎えするうえで絶対にはずせない40のポイントを、旅行業界に長く関わり、なかでも中国 ・ 香港に通じているさかい氏がわかりやすく解説 ・・・ というとギョーカイ向けのカタい内容のようですが ( そういった硬派な側面があるのはたしかですが ) 旅先とはいえ、いわゆる寝食の場で実際に起こりがちなトラブルをテーマにしていることから、中国という国とそこに暮らす人々のナマの姿や、日本との相違を理解するには格好のガイドブックになっています。また別冊の日中対訳 「 イラスト会話帳 / 館内利用案内 」 は業界向けなだけに却って充実した内容で、訪中する日本人にとってもお役立ちな付録となっている! と自負しております ( 笑 ) 。ジャーナリストの莫邦富 ( モー ・ パンフ ) 氏や九州観光機構アドバイザーとしてご活躍の大石健太郎氏、また熱海ホテル池田で海外関連業務を担当し、年間4000人もの中国人観光客を誘致している楊勝偉氏のコラムも読み応えアリ! です。

 お仕事などなどで中国人のお客さまを接待するみなさま、また単純に中国に興味のあるみなさま! 書店でぜひお手にとってみてくださいませ。

 あわせて中国人の観光に関する最新情報満載 ( 予定 ・・・ 加油、竹田先生! ) の 専用Webサイト もオープンしました。書籍と共にご活用いただけたら、うれしいです。

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April 15, 2005

我知道不知道・・・?

2005年4月15日(金)


 気が付けばひと月ほど更新せずにおりました。なんとなくモジモジしていましたが、今日という今日は書き虫がうずうずしてきましたので、いきなり再開。今後ともどうぞよろしくお願いします。

 中国の反日デモ、なんだか報道がものすごい盛り上がりを見せています。現地からの便りによれば 「 たいしたことないよ~ 」 とか 「 いや~あ、怖いね 」 とか、人や場所によって事情はまちまちですが、大規模な抗日活動が起こっている現実はどうやら曲げようのないことのようです。

 が。

 石やペットボトルを手にデモをしている人々に問いたい。
 あなたたちは、日本の教科書を読んだことがあるのか?
 また社会の授業参観をしたことがあるのか?

 と。

 おそらく、ほとんどの人の答えが 「 没有 ( ない ) 」 でしょう。どうしてそれで、あんなに日本の歴史教育をすべて否定できるのか。彼らは自分たちが日本のことを 「 不知道 ( 知らない ) 」 ということを知らない。いや、それは言い過ぎにしても知らないことも多いということを、もっと知るべきなのだと思う。上海で働いていたころ、今回の騒動のなかでも留学生がトラブルに巻き込まれた現地某大学で開かれた 「 日中近現代史座談会 」 なるものに呼ばれたことがある。参加者は日本人の友人がひとりと、ちかぞうと、あと中国人の学生が数十名。ただでさえ下手っぴな中国語で語り合うにはテーマが大き過ぎたこともあり、恐怖に満ちた ( ? ) 夕べのひとときではあったが、いまとなってはお互いに自分の無知を思い知るいい機会だったような気がする。わたしは日本にはさまざまな教師が存在することを説明し、授業の副教材としてプリントを作成して近現代史について突っ込んだ授業をする先生に出会ったこともある、と紹介した。もちろんそんな人ばかりではなく、またそういった教育に賛否両論があるのも事実で、そこを今後日本国内で議論してゆくことが大切なのだと、言ってしまえば自分の主張をどうにかこうにかしたワケだが、中国人の学生にとっては教育現場がそれなりに 「 いろいろ 」 だということや、日本でもその件が問題になっていることが新鮮だったらしく、会は有意義に平和裏に幕を閉じたのだった。

 同様のことは抗日派の中国人にだけでなく、わたしを含めた日本側の人々にも当てはまると思う。中国でのデモを呼びかけたHPとして日本のニュースでも度々お目にかかる 「 愛国者同盟ネット 」 のURL中の 「 9-18 」 を見て、いったい何人が 「 柳条湖事件 」 に思い至るだろう ( ちかぞう自身も恥ずかしながら、留学中に 「 9月18日は何の日だか言ってみろ! 」 と同級生に言われるまで、その日がどんな意味を持つのか知らなかった ) 。日本の人々もいつの間にか相手の、情報統制によるところの大きい 「 知らないこと 」 にばかり目がいって、知ったつもりになってはいないだろうか。

 自分は知らない、これは免罪符でもナンでもなく、けれども決して忘れてはいけないことだと思う。

 今回の騒動の背景には歴史教育問題以外にもたくさんの課題が渦巻いているけれど、これだけは書いておきたいとしたためてみた次第です。事態の沈静化を祈りつつ、ご長読に感謝します。

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February 26, 2005

西域、子ども、留学時代

2005年2月26日(土)


 ここしばらく取り掛かっていた 『 新シルクロード展 』 パンフレット ( ジュニア版 ) の制作作業が、ちょっぴり一段落したちかぞうです。今回の仕事中に感じたことあれこれ、中国留学中の思い出などなどを絡めつつ、いつもの 上海エクスプローラー の日替わりコラムにアップさせていただきました。せっかくなので ( 笑 ) コチラにも抜書きしちゃいます。コラムは毎週金曜日に連載しているので、よかったらそちらも週末にアクセスしてやってくださいませ。


< 2005年2月18日 ( 金 ) 付 『 春風得意 』 より >


 いま、4月から東京 ・ 神戸 ・ 岡山で順次開催される

 『 新シルクロード展 』

 のお手伝いで、ジュニア用のパンフレットを作っています。会場を訪れる子どもたちに、シルクロードの歴史と文化を解説するものなのですが、これが存外難しい! 複雑なものをわかりやすく、かつ読み飽きないようにコンパクトに語るというのはなかなか骨の折れる作業で、パソコンの前で 「 ああでもない、こうでもない 」 と試行錯誤する日々が続いています。

 そんななか、アタマの持久力が切れそうになったとき、いつもふと心に浮かぶ情景があります。それはわたしが中国に留学していたころの教室で、そこにはいつも少し困った顔をした先生と同級生たちの笑顔がありました。

 「 中国語の勉強に併せて歴史も学べたら素敵! 」 となんとも安易な気持ちで北京のとある大学の史学部に留学を決めたわたしでしたが、その学校では学部生として登録された以上、中国語能力の如何を問わず外国人留学生向けの語学クラスへの参加は認められなかったのです。他校では容認されているはずだ! と事務所に掛け合っても 「 不行 ( ダメです ) 」 の一点張り。事前の調査不足を嘆いたときには後の祭りで、当時、町での買い物すらスムーズにゆかないわたしがいきなり現地の学生に混ざって、大学の講義を受けることになってしまったのでした。

 先生のおっしゃることは 「 上課! ( 授業を始める ) 」 と 「 下課! ( 授業を終える ) 」 、そして 「 但是 ( しかし ) 」 や 「 所以 ( だから ) 」 といった接続詞しか聞き取れない状況でも、レポートの課題や定期試験は容赦なくやってきます。頼みの綱は、周りに座っている同級生たちしかありません。講義が終わるとノートを借り、わからないところは放課後の時間を利用して補習をしてもらい、宿題の添削は原稿用紙が真っ赤になるまでしてもらいました。当時の彼らからしてみれば、わたしのレベルなどジュニアもジュニア、どうにか言葉を口にし始めたばかりの赤ちゃん同然だったに違いありません。それでも本当に根気よく、わたしが理解できるまで説明を重ねてくれたのでした。

 彼らの苦労を考えたら、わたしが直面している問題など! モノの数ではありません。夕暮れのキャンパスで教えてもらった中国と周辺の国々の歴史の魅力を、ひとかけらでもふたかけらでも日本の子どもたちに伝えられたら ・・・ そんな思いを胸に、ときとして萎えそうになる気持ちを奮い立たせながら、今日もまた机に向かっています。

 宣伝になりますが ( 笑 ) 「 新シルクロード展 」 、日本初公開となる文物も多数出展されます。機会があればぜひ足をお運びください。そしてよかったらジュニア版のパンフレットも、どうぞ覗いてみてくださいね。

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February 18, 2005

美麗的名字♪

2005年2月18日(金)


 本日は先週金曜日、上海エクスプローラー に掲載したコラムより 「 名づけ 」 のお話 ( 抜粋 ) です。みなみなさまの 「 名づけ 」 秘話、ぜひぜひお寄せくださいませ。お待ちしております!


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 みなさまにおかれましてはこの春節 ( 旧正月 ) を、如何お過ごしでいらっしゃいますか。

 わたしはといえば、またまた私事にて恐縮ですが ・・・ 夏に生まれてくる我が子の名前を思案中です。こんなときには小さなアタマを絞るより、知識豊かな人たちにアドバイスをいただくのが一番なのかもしれません。幸い、いま仕事でこの4月から東京 ・ 神戸 ・ 岡山で順次開催予定の 『 新シルクロード展 』 のお手伝いをしています。そんなワケで早速、そこに集う先生たちにご意見を伺ってみました。

 「 『 騫 ( ケン ) 』 なんていいんじゃない? パイオニアっぽくてねえ 」

 「 騫 」 の謂れは、中国最初のシルクロード公式旅行者として知られる漢使 「 張騫 ( チョウケン ) 」 とのこと。彼はシルクロード横断中に捕らえられ、10年以上も敵方 ・ 匈奴の捕虜になるなど辛酸をなめましたが、帰国後は武帝に西域の情勢を進言して国を動かすなど、大出世を遂げた人物とか ・・・ たしかに 「 ケン 」 なら日本語の名前として違和感はありませんし、努力に努力を重ねて成功するあたりはなんともカッコよく、悪くないなあ、とは思ったのですが、我が子の名前にしては恐れ多すぎちゃうかしらん?

 そして、さらに別のご意見を伺うと。

 「 『 超 ( チョウ ) 』 なんていうのもいいねえ 」
 「 女の子なら 『 昭君 ( ショウクン ) 』 もいいねえ 」

 「 超 」 は後漢のころ、西域都護として活躍した 「 班超 ( ハンチョウ ) 」 の 「 超 」 、 「 昭君 」 は前漢のころ匈奴に嫁いだ、中国四大美女のひとり 「 王昭君 ( オウショウクン ) 」 の 「 昭君 」 とのこと ・・・  このあたりになってくると謂れはいいのですが、音がどうも日本人の名前らしくありません ( 笑 ) 。 「 超 」 なんて 「 超○○~ッ 」 とまるで子ギャル ( ? ) のようですし、 「 昭君 」 も 「 アキラくん 」 とか読まれてしまいそうで、あんまり女の子らしくありません ( 涙 ) 。

 ほかにも、たとえば素敵なものなら 「 妻は西域の出身で、娘も敦煌生まれなので、敦煌の鳴沙山と月牙泉にちなんで 『 沙月 ( さつき ) 』 とつけましたよ 」 、 たとえば泣くに泣けないものなら 「 わたしは息子ができたら絶対、漢代の名将 『 霍去病 ( カクキョヘイ ) 』 の 『 去病 』 にすると決めていたのに、妻の猛反対にあってあきらめた! 」 などなど ・・・ いろいろなエピソードをお聞かせいただきました。

 子どもの数だけ、名づけの悩みというのはあるものなのですね。そしていまだいい名前が思い浮かばぬまま、プレパパとプレママはこの週末も 「 うーんうーん 」 とうなることになりそうです。


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 ちなみにタイトルは、ゴダイゴの 「 ビューティフルネーム 」 から取りました ( 中国語訳はテキトーです ・・・ 笑 ) 。やっぱりきっと名前はね、燃える命なんです。

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January 18, 2005

チョウ氏と中国のゲンジツ

2005年1月18日(火)


 最近、ちかぞうらしからぬ ( ! ) 真面目なネタが続いていますが。

 聞くところによれば昨日、中国の趙紫陽元総書記が亡くなられたとのこと。お悔やみ申し上げます。

 1989年の天安門事件の際に、民主化を求める青年たちに理解を示したとして失脚した趙元総書記。

 ( 参考サイト : Wikipedia 趙紫陽 ほか )

 後任の江沢民前総書記が、国内の不満の矛先をほかへ向けるべく、いわゆる反日教育を進めた ( といわれている ) ことなども考えると、天安門事件とこの人の退陣による影響は、世界の民主主義や中国の政治体制うんぬんだけではなく、日本人にとってもダイレクトに、大きなものだったといえると思う。趙氏のしてきたことの善悪なんて、はっきり白黒つけられる類のモノではないけれども。

 これを機に中国国内で天安門事件が再評価されるのでは? という希望的観測 ( ? ) については ・・・ たとえば Yahoo! China 雅虎中国 で 「 趙紫陽 」 を検索してみると ( もちろん、中国の簡体字で ) 驚くべきことに1件もヒットしなかったりする。これが中国の、ひとつの現実なのかもしれない。

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December 31, 2004

牛の一歩と小さな石ころ

2004年12月31日(金)


 すっかりご無沙汰しております。ちかぞうです。

 2004年の大晦日、上海エクスプローラーにコラム ( 春風得意 ) を掲載しました。ここにも、アップさせていただきます。

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 みなさまにとって、2004年はどんな一年だったでしょうか。

 わたしはこの秋、大切な人と家族になりました。そしていま、お腹の中にもうひとり新しい家族を宿しています。まだカシューナッツくらい ( 笑 ) の小さな小さな命ですが 「 赤ちゃーん 」 「 ばおばお ( = 宝宝 ) ちゃーん ( = 赤ちゃん ) 」 なんて話し掛けたりしながら、黒豆やおなます作りに追われる年の瀬です。振り返ってみればおかげさまで、幸せな時間を過ごすことができました。

 けれども今年ほど、天災や人災に見舞われた年もなかったのかもしれません。台風、地震、そして津波。また相次ぐテロや戦争 ・・・ 日本と中国のあいだにお互いを傷つけ合う、胸が苦しくなるような空気が流れたこともありました。国内外の友人たちと語らいながら 「 罪を憎んで人を憎まず 」 ということが如何に難しいことなのか、そして 「 不忘歴史、面向未来 ( = 歴史を忘れず、未来へ向かう ) 」 という道がどんなに険しいものなのか、あらためて考えさせられもしました。

 ことし亡くなった作家の鷺沢萠さんが、著書 『 ケナリも花、サクラも花 』 ( 新潮社 ) のなかで 「 いくら○○○が何億だか溜め込んどった、言うてもね、あなた、○○○にピラミッド建てられますか、大阪城建てられますか 」 という友人の言をひきつつ、こんなことを書いています。

 「 世界はだんだんに良くなっている。その 『 だんだん 』 は牛の一歩でもいいと思う。あるいは、ちょっと見にはとても人間の力では埋められそうにないように見える深い深い穴に投じられる、ひと片 ( かけ ) らの石だ。 」

 明日からはじまる2005年、新米ママは精一杯、牛の一歩を踏み出します。大事な家族のために、ほんの砂のひと粒にでもなれたら、と思っています。

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 この一年、たくさんの笑顔と、厳しい叱咤激励 ( 笑 ) をくれたみなさまに心から感謝しつつ ・・・ みなさまにとって来るべき年が、素晴らしいものとなりますように。

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August 24, 2004

中国で出会ったヒトビト

2004年8月24日(火)


 今日、営業用 ( ? ) に画像データの整理をしていたら、こんな写真が出てきました。


20040824_01.JPG

おばちゃん、いい笑顔だね!


20040824_02.JPG

兄弟、仲良くしているか?


 ・・・ あっ、兄弟ってことはないか。一応、ひとりっ子政策だし。

 町を散歩しているとね、こんな人懐こいヒトビトに会えるんだなあ。忘れてた。久しぶりにまた、旅にゆきたくなりました。


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August 12, 2004

西域浪漫ちっく★

2004年8月12日(木)


 ちかぞうは毎週金曜日、上海エクスプローラーというサイトで 「 春風得意 」 というコラムを連載しています。今日は先週の金曜日、そちらでアップしたお話をご紹介させていただきたく。西域大好きっ子 ( ? ) のちかぞうと致しましては、そちらのサイトでバックナンバーが残らないのがちょっぴり残念だったりするものですから。みなさんのシルクロード秘話なども、コメントをお寄せいただけたらうれしいです。


< 2004年8月6日付 春風得意より >


 先日、東京のとある博物館へ行ってまいりました。

 東洋史関連の文物が豊富なことで知られるその博物館で、シルクロード・ファンのわたしがいつも楽しみにしているのは、

 「 西域 」

 と題されているフロア。展示スペースも決して広くはないのですが、もう 「 西域 」 という字を見るだけで、ドキドキわくわく胸が躍ってしまうのです。

 みなさんは 「 西域 」 と聞いて、何を連想されますか?

 玄奘三蔵に孫悟空? それとも張騫の鑿空でしょうか? 色鮮やかな敦煌莫高窟、はたまた楼蘭の美女という方もいらっしゃるかもしれません。ほかにも古のオアシスから出土する黄金の冠や、トルコ石が象嵌されたアクセサリー ・・・ 「 葡萄の美酒、夜光の杯 」 なんて、心がキューッとなる詩もありました。

 ところで、このシルクロード浪漫にあふれた 「 西域 」 というコトバ。英語で何というか、ご存じでしょうか? 英語が大の苦手なわたしは、その 「 西域 」 の展示室に入るとき、看板に併記されていた英語表記を見てビックリしてしまったのです。そこに書かれていたのは、

 「 CENTRAL ASIA 」

 つまり 「 中央アジア 」 というとのこと。

 言われてみればそうなのですが、なんだか 「 西域 」 と比べると、ロマンや趣に欠けるような気がするのは、わたしだけでしょうか。確かにシルクロードの史跡を数多く発見したヘディンだってスタインだって、探検の行き先は 「 中央アジア 」 でしたし、地理的、学術的に考えればまったく問題はないのでしょう。いや、むしろそちらの方が明確とすらいえるのかもしれません。けれども不思議なもので、めくるめく歴史絵巻を紐解くなら 「 中央アジア 」 より 「 西域 」 の方が、ずーっとしっくりくるのです。果たしてみなさんは、どんな風にお感じになるでしょうか。

 そんなことに考えをめぐらせつつ、夕暮れの博物館をあとにしました。沈んでゆく太陽の向こうにある西の方、遥かなるシルクロードをまた訪れたくなりました。

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August 08, 2004

ヤンヤン、亜洲杯を語る

2004年8月8日(日)


 2004年アジアカップが熱戦の幕を閉じました。

 いろんな意味で熱い闘いでした。フィールドの戦いよりスタンドやネットや巷での反日 ・ 反中合戦の方が煮えたぎってしまい、ちかぞうもこの数日は泣いたり笑ったり、なんだかココロが落ち着かない時間を過ごしました。

 そんななか、ちかぞうの友人のやんやんが中国の反日行動をこんな風に説明してくれたのでご紹介させてください。

 日本で商売をする上海人のやんやん曰く、今回の騒動は、

「 1980 ~ 90年代、反日教育を受けてきた若い世代が中心 」

 となったもので、そもそも、

「 国内問題が多すぎるため、不満の矛先をほかへ向けるための教育 」

 の結果であり、そのターゲットが、

「 日本 」

 だったとのこと。

 また、

「 情報がゆきわたらず、外国との接触の少ない内陸部で反日思想は堅固 」

 であり、特に重慶に関しては、日中戦争の際、

「 1939年のものを中心とした大爆撃により3万人の死者が出ており 」

( ※ 死者数については諸説あり )

「 若者たちは爆弾の替わりにペットボトルを投げつけたと言っている 」

 とのこと。

 そして、

「 今回、スポーツの場でああいった態度は取るべきではなく 」

 さらに、中国スポーツ紙の一面の見出し

『 中国は北京を見ている、世界は中国を見ている 』

 を引用して、

「 まったくそのとおりだと思う 」

 とのことでした。

 彼は今回の問題について商売柄 ( ? ) 日中両国の情報を追いかけています。だからこそひととおり、騒動の背景や現地の状況にまで言及できるのでしょう。ちかぞうもスポーツの場に政治問題を持ち込んだサポーターや記者、また侮蔑的発言をした選手をかばうつもりはありません。彼らのとった数々の反日行動は正当化されえないものだと思います。ただ、日本のマスコミで一体どれだけの媒体が日中戦争時の歴史や現代中国の社会事情について突っ込んだ報道をしたでしょうか。 「 重慶大爆撃があったからって、あんなにブーイングをすることはないだろう 」 と話している人の何人が、重慶大爆撃のことを説明できるのでしょうか。たとえば広島や長崎で何かの競技の日米戦があったとしても、あんな状況にはならない、という人もいます。たしかにそうだと思いますが、もしその場に 「 原爆ってナンですか? 」 とでも言いたげな選手やファンがいたら、やっぱり頭にくると思うのです。また戦後それぞれが歩んだ道のりの違いを、あらためて考えてみることも大切なのではないかと思うのです。

 長くなってしまいましたが、やんやんの語りからこんなことを考えてみました。

 そして ・・・ 「 中国人ってサイテーッ 」 という人が、たまにまわりに出没します。けれども、やんやんのように冷静に話をしてくれる中国人もたくさんいます。そんなことも忘れたくありません。

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August 07, 2004

舐めたらアカン、景徳鎮

2004年8月7日(土)


 昨日、出光美術館で開かれている 「 中国陶磁のかがやき ―― 景徳鎮民窯千年のあゆみ ―― 」 に行ってまいりました。

 いやあ、驚きました。

 明の嘉靖時代につくられた色絵人物文壷。


20040807_01.JPG


 見てのとおり洒落た壷だったのですが、この人が ・・・


20040807_02.JPG


 ・・・ 天童よしみにうりふたつ。もう本人としか思えない。

 だまされたと思って見に行ってください。絶対にビックリするから。

 そんなことを語るためだけにこの壷を、3時間もかけて描いたちかぞうって一体 ・・・ ははははは、はは。

 ま、それだけでもナンなので。

 なんでもことしは小さな窯業の村だったこの町が北宋初期、第三代真宗趙恒の景徳元年 ( 1004 ) に鎮名として 「 景徳 」 を与えられてから、ちょうど1000年目にあたるとか。いまではケイトクと打っても変換されないくせに、ケイトクチンと打てば一発変換なほど本歌をしのぐ発展ぶり。この展覧会も大変見ごたえのあるものでしたわ。白磁、青磁、色絵、金襴、すべてが美しゅうございました。ほほほほほ。

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August 05, 2004

文字・もじ・モジ

2004年8月5日(木)


 こんにちは。ちかぞうです。
 フリーでライターとイラストレイターをしております。
 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


20040805.JPG


 って、こんな名刺を出したらカッコいいでしょう?
 コレ 「 ちかそう 」 って書いてあるんですよ。
 甲骨文字なんで、てんてんは出ないのですけれど。

 昨日、東京国立博物館の親と子のギャラリー 「 文字 ・ もじ ・ モジ 」 に行って参りました。中国で生まれた漢字が日本に渡り、ひらがなやカタカナになり、三筆や三蹟と呼ばれる人が出て、云々。そんなともすると小難しい歴史をわかりやすく、資料を交えつつコンパクトにまとめてあって、子どもならずもとっても勉強になりました。

 そして展示の最後に 「 甲骨文字で名刺をつくる 」 なんてコーナーがあったんです。 「 おじいちゃんとおばあちゃんにつくってあげるんだあ! 」 とか 「 コレ、夏休みの自由研究にしよう! 」 とか、そんな可愛らしい声の響くなか、ひとりでせっせと甲骨文字シールを貼ってきましたです。ナハナハ楽しかったですよ、すこぶる。

 8月29日まで、さまざまなワークショップもあるのだとか。
 ファミリーでも、ファミリーでなくても、文字マニアにはおすすめです。
 甲骨文字の名刺を、持ってみたい方もぜひどうぞ!

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August 04, 2004

どうして、劉クン?

2004年8月4日(水)


 中国のゴールキーパーの劉雲飛クン、アナタの一挙手一投足にクラクラしてたのに。

 試合後のインタビューで、

「 小日本はきっと、必ず、やっつけなければならない! 」

 なんて言ったというのは、本当ですか???

 中国語の 「 小日本 」 ・・・ つまり 「 ジャップ 」 ってことです。

 劉クン、そりゃあんまりだあっっっ!!!

 一夜にしてブロークンハート。7日の決勝を観ながらわたし、泣いてしまうかもしれません。

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August 03, 2004

アジア杯決勝はGK対決!?

2004年8月3日(火)


 サッカーアジアカップの決勝が日本vs中国で決まりましたねーッ!

 わたしはもともとサッカーなら、ゴールキーパーが好きなのです。世界サッカーならドイツのオリバー・カーン、キャプテン翼なら若林クンといった具合に。それにしたって今回のカードは日本が川口さん、中国が劉雲飛クンですから。まるで日本海をはさんだイイ男の東西対決ではないですか!

 きゃあ~っっっ♪

 だいたい、劉クンのカッコよさは反則です。ウォンビンに似ていると思うのは、わたしだけではありますまい。

「 雲飛感謝球迷支持 」

 ね、素敵でしょ?

 中国びいきの日本サポーター、それよりなによりミーハー最前線なワタクシと致しましては、土曜日の決勝戦。日本が中国のゴールをがんがん攻めて、劉クンがテレビに映りまくるのが理想の試合展開であります。ガンバレ、日本! 加油、中国! そしてもちろん ・・・

 ラヴ、劉雲飛!!!

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July 14, 2004

唐三彩は語るⅡ

2004年7月14日(水)


 サントリー美術館 「 唐三彩展 洛陽の夢 」 より ・・・

 トリビュート企画第2弾!


20040714_03.JPG


 いや、どっちかというとコッチか。


20040714_04.JPG


  楽人トリオで鈴木杏ちゃんに対抗ってことで。

 だーりん、さんきゅー!


追メモ:

図録より。

三彩騎馬楽人俑 3点
唐 7-8世紀
1954年洛陽市収集
1 ( 向かって左側 ) : 高 ( h ) 39.0cm
  長 ( l ) 36.0cm 幅 ( w ) 11.3cm
2 ( 向かって中央 ) : 高 ( h ) 39.5cm
  長 ( l ) 33.0cm 幅 ( w ) 10.8cm
3 ( 向かって右側 ) : 高 ( h ) 39.6cm
  長 ( l ) 35.0cm 幅 ( w ) 11.3cm
河南博物院蔵

楽俑も漢代の楽舞俑の副葬と同源の精神性を感じさせる、副葬明器にふさわしい素材である。3点とも騎乗して簫 ( しょう ) を吹く同じ男俑であるが、他の楽器の吹奏者とセットで制作されたのであろう。馬体も人体も同笵と思われ、顔まで同笵のようである。馬は頭を少しもたげて静かに立っている。騎乗の奏者は籠冠 ( ろうかん ) を戴き、両目は真っ直ぐ正面を見、緑色の広袖の単衣を着て、両手で簫を持って演奏している。手にする簫は同形であるが、1 ・ 2の人物の簫は3と表裏が逆で、3の人物の簫の表面には線刻で竹管が表現されている。1の馬には褐釉、他の2体には黄味を帯びた白釉を主に施し、装飾はほとんどない。腹部が大きく刳り抜かれている。人物の顔などの露胎部への加彩はほとんど残っていない。

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July 11, 2004

唐三彩は語る

2004年7月11日(日)


 昨日はだーりんと一緒に、サントリー美術館 「 唐三彩展 洛陽の夢 」 へ行って参りました。

 早速、ふたりの一番のお気に入りを紹介します。


「 三彩天王俑 ( さんさいてんのうよう ) 」

20040711_01.JPG


 図録によると、この作品は ・・・ ( 全文ママ )

 唐 ・ 景龍3年 ( 709 )
 1981年洛陽市安菩夫婦墓出土
 高 ( h ) 112.2 cm
 洛陽博物館蔵

 鷹形の飾りの付いた兜を被り、四角い顔で、眉間にしわを寄せて大眼をぎょろつかせている。筋肉が隆々とし、勇猛な顔つきである。左手は腰に添え、右手はこぶしを握って上に挙げている。襟のぴったりとした戦袍 ( せんぽう ) を着て、鎧を着け、臑当を縛り付け、先の尖った沓を履いて、台座上の緑釉を掛けた臥牛を踏んでいる。施釉は深緑釉を基調として白斑を散らし、紅褐 ・ 白釉を部分々々に掛け分ける。顔と頭部は露胎で、太い眉や眼、髭を墨彩し、唇を朱彩する。また、兜の鷹の尾の朱彩と吹返 ( ふきかえし ) の緑 ・ 朱 ・ 黒彩を使った唐草状の文様が残っている。器形は大型化の頂点にあり、要望も立派で、姿形に動きがある。

 とのこと。確かに作り手がノリに乗ってつくった感じで、観ているコッチまで元気が出ちゃいました。

 ちなみに、だーりんにいわせるとこの武将、


20040711_02.JPG


 って言ってるんだそう。おいおい、ほんとかい :) 。

 不況が続く吉野家さんっ
 ぜひコイツをイメージキャラクターにしてやってください!

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July 08, 2004

『悪魔の飽食』

2004年7月8日(木)


 本に呼ばれる、という経験をしたことがありますか。


 昨日、森村誠一さんの 『 悪魔の飽食 』 ( 新版 / 角川文庫 ) を読み終えました。テーマはいわずとしれた日本細菌部隊・七三一部隊です。

 実はこの本、もう10年近くも前に母に頼んで北京の留学先に送ってもらったものでした。というのも現地の大学の歴史学部に所属していたわたしは、たびたび同級生から歴史認識についてのバッシングを受けていたのです。しかし勉強の必要を感じて家族に国際電話をかけ、小包の箱に入れてもらったものの、文体が合わなかったのか、はたまた内容に嫌悪感を覚えたからか、恥ずかしながら何度も途中で挫折して読了することがありませんでした。

 それが数日前なんとなく手に取り、ページをめくるうちに一冊読んでしまっていたのです。


 終章で、森村さんは述べておられます。


 「 戦争という国家的集団発狂の中で、自己の行為が 『 お国のために 』 役立っているという確信の下に、悪魔の所業をためらうことなく遂行するのである。真に恐ろしいことは、この残酷を犯した人たちと、われわれが別種の人間ではないという事実である 」

 「 『 悪魔の飽食 』 は絶対に繰り返してはならない過ちである。同じ轍を踏まないところに人間の英知がある 」


 人間の英知、ということばに、胸が苦しくなりました。


 このタイミングでこの本にあらためて出会ったことに、きっと意味はあるのだと思います。いや意味なんていつも後付けで、それを当てはめてゆくのは自分自身なのかもしれません。

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July 06, 2004

落雁は古琴の調べにのって

2004年7月6日(火)


 らくがん、というお菓子があります。

 森八さんの長生殿、虎屋さんの推古、両口屋是清さんの二人静。鶴屋吉信さんの季節のお干菓子も素敵 ・・・ お気に入りをあげればキリがないかしらん。

 何故に、今日はいきなり 「 らくがん 」 なのでしょう?

 というのも昨日、お茶のお稽古帰りに先生に呼び止められまして。

「 この前、中国七弦琴のコンサートに行ったら 『 平沙落雁 』 というとっても美しい曲があって。落ちてゆく雁の様子がぱーっと目の前に広がるようで、感激したの 」

 お稽古仲間のあいだでもわたしの中国好きは知られているところなので、こういったお話はたまにあるのです。

 そして先生が続けておっしゃるには。

「 ところでね、お菓子のらくがんってどうして落雁っていうのかしら。不思議に思ってしまって。ちかぞうさん、ご存じ? 」

 いえいえもちろん、知るはずもなく。

 そんなワケで調べてみました、らくがんの謂れ。


★ らくがんとは?:

 中国元代の 「 ハルウェー ( 哈耳尾 ) 」 という回教徒の食べ物が中原に伝わり、明代には 「 軟落甘 ( なんらくかん ) 」 という菓子になったといわれる。日本にもたらされたのは室町時代と考えられ 「 軟落甘 」 が 「 らくがん 」 に転じたとされる。


★ ではナゼ落雁?:

 往時、らくがんは木枠のなかに胡麻をまき、その上に砂糖と穀物の粉 ( もち米など ) を練った生地を入れて押し固めて作っていた。できあがりを枠から逆さにあけたときの景色が白い生地の上に胡麻が転々と映え、近江八景の堅田落雁の情景に似ていたことから 「 落雁 」 と称されるようになった。

 ( これには諸説あり。後陽成天皇が献上されたらくがんを気に入り 「 白山の雪より高き菓子の名は四方の千里に落つる雁かな 」 と詠んだから、という説もある )


★ 近江八景? 堅田落雁?:

 中国北宋の頃に成立した画題 「  瀟湘八景  」 に倣い、琵琶湖周辺の8つの風景を描いたもの。瀟湘八景とは中国湖南省にある洞庭湖の南、 瀟水と湘水という2つの川の流れるあたりの情景を四季、四時によって8つ選び取ったものである。

 堅田落雁とは近江八景のひとつで、干潟に舞い降りてくる雁のようすを描いたもの。、瀟湘八景のうち、平沙落雁に倣ったものである。


 わーおっ!

 そうなのです、つながったのです。先生がコンサートで聴いたという 「 平沙落雁 」 も、瀟湘八景に題材を求めたものでしょう? 和菓子と七弦琴の調べが、まさかこんな風につながっているだなんて。

 小さな小さな砂糖菓子に秘められた物語。夏の宵に古琴に耳を傾けながら、ほろ~りとろける甘さに身をまかせてみたくなりました。

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June 26, 2004

弦外の音を聴く

2004年6月26日(土)


 ちかぞうは毎週金曜日、上海エクスプローラーという中国情報サイトでトップページコラム 「 春風得意 」 の連載をしています。とはいっても平日日替わりでどんどんアップされるので、わたしのネタは週明けまでの命、になってしまうのですが。

 そこで昨日、こんなお話を書きました。せっかくだからブログにもとっておこう、と思います。


< 2004年6月25日付 「 春風得意 」 より >


 先日、馬頭琴を奏でる友人から、

 「 中国語では 『 弦外の音を聞く 』 という表現がよくあるの? 」

 と尋ねられました。なんでも胡弓奏者のチェンミンさんが、テレビでそんな言い回しをしていたのだとか。

 調べてみたら、ありました、ありました。

 「 弦外之音 [ xian2 wai4 zhi1 yin1 ] : 言葉の裏の意味 」

 日本語でわかりやすく置き換えるならば、音が同じ 「 言外 」 。 「 『 弦外之音 』 を聞く 」 は 「 行間を読む 」 とでもいったらいいのでしょうか。

 そういえば、ちょっと前に七絃琴奏者の伏見靖さんの書いたものを読んでいたら 「 知音 [ zhi1 yin1 ] 」 という言葉についてのくだりがありました。中国語の 「 知音 」 とは、日本語でいう 「 親友 」 のこと。古代、伯牙は琴の名手でしたが、友人の鐘子期の死後、自らの琴の音をよく知るのは彼を除いてほかにない、と再び琴を弾くことはなかったそうです。

 また伏見さんは併せて、いにしえより伝わる琴譜 「 減字譜 」 には徽 ( き : ことじ。琴の弦を支える柱 ) の位置と演奏絃、奏法が記されているだけで、テンポやリズムについてはほとんど記載がないということも述べていらっしゃいました。

 それだけ 「 弦外之音 」 に奏者の想いが託される、ということなのかもしれません。

 思い返せば、中国でベストセラーとなったピアニストの息子に宛てた父の書簡集 『 傅雷家書 』 の邦題も 『 君よ弦外の音を聴け 』 でした。

 弦外の音に耳を傾けられる、そんな聞き手になれたら素敵ですね。

 初夏の明るい日差しとともに、また梅雨空から落ちてくるしずくたちとともに、みなさまのところに心地よい音色が届けられますように。

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June 25, 2004

セロリと鶏肉のギョーザ!

2004年6月25日(金)


20040625.JPG


 なんだか、バックナンバーでリシャールと並んでいると

「 ギョーザ 」 

ってちょっと洒落たお料理に見えるから不思議。

「 ポーランド北方地方の郷土料理なんですよ 」

とかなんとか言われたら信じてしまいそう。

 なんて前置きはともかく。

 おととい、だーりんが作ってくれました。

「 セロリと鶏肉のギョーザ 」

 つくり方: セロリのみじん切りと鶏肉のミンチ ( だーりんはその日特売だった胸肉をぺちぺちミンチにしてました ) を混ぜて、ギョーザの皮で包みマス。あとは焼くなり、煮るなり、ご自由に。

 薄皮で水ギョーザにすると、きれいだったし、お味もさっぱり。ちかぞう好みの仕上がりでした。

 ごちそうさまでした! おいしい食卓は、食べすぎ注意!

追メモ:
 あと、わたしのオススメは 「 きゅうりのギョーザ 」 
 北京留学中に中国人の友人がつくってくれたのですが、夏向き! ビールごくごく! きゅうりファンにはたまらんのデス。

 

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June 11, 2004

チンタオサウルスの角

2004年6月11日(金) 


 ちかぞうは毎週金曜日、上海エクスプローラーというサイトで 『 春風得意 』 というコラムを連載しています。

 サイト訪問者の多くが中国と関わり合いのある方々ということもあり、週末になんらかの中国ネタをちょっぽりずつアップしているのです。

 さてそんなこんなで、今週のお題は 「 チンタオサウルス 」 でありました。

 というのも、先週末に恐竜ファンの甥っ子にせがまれて 「 神奈川県立 生命の星・地球博物館 」 ということろに足を運んだところ、エントランスでいきなり出迎えてくれたのがカレ ( の標本 ) だったのです。チンタオサウルス、中国名 「 青島竜 」 はビールで有名な山東省・青島で発見されたことから、こんな名前がつけられたとのことでした。

 それで 『 春風得意 』 では、

「 中国って恐竜王国なんですって! 」

 というようなことをしたためたのでありますが ・・・

 実は、ほかにも気になることがあったもので。

 チンタオサウルスってパッと見たところ頭から角が一本生えていて、一角獣みたいなんです。それがなかなか素敵だったりして、標本を眺める子どもたちやカップルからも、

「 ユニコーンみたーい 」

 とかなんとか言われちゃったりもしている。

 が、しかしデスよ。

 この角が、なんとまあ鼻の骨が折れたモノだとする説があるんですって。つまり化石になるとき、なんらかの原因で鼻の骨が折れて、おでこのあたりにくっついちゃったまんま化石になってしまった、と。喧嘩で鼻面を蹴り上げられたか、前のめりにこけたのかは知りませんけれど、それが本当だとしたらちょっとカッコ悪い。

「 ユニコーンみたーい 」

 とかいわれて騒がれているだけに、まさにチンタオサウルスの面目丸つぶれです。

 面子を重んじるあの国生まれでありながら、これはあまりにも哀れ。

20040611.JPG

      チンタオサウルスに嗚呼、中生で乾杯!

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June 09, 2004

大同とシルクロード

2004年6月9日(水)


 本日は、近々とある出版社から創刊予定の中国史雑誌のコラム書きのお仕事をしておりました。

 テーマは 『 シルクロード探訪 : 大同 』 。

 大同というのは中国山西省にある都市で、石炭の町として有名です。そしてそれ以上に、中国三大石窟かつユネスコ世界遺産として 「 雲崗石窟 」 が知られております。確かに当時 ( 北魏時代 ) の大同は仏教美術の中心で、飛鳥や奈良の仏様も 「 北魏様式 」 といわれるくらいですから、その影響力たるやいうなればパリコレ並みだったのではないかと思われます。

 でも、わたしが気になったのはコレなんです。

20040609.JPG

   「 金銅人物葡萄唐草文杯 」 

 石仏に比べたらずーっと地味ですが、大同市博物館に展示されているはずです。

 石窟が造営されたのと同時期の文物で、大同市城南出土。はるばるビザンチン ( 東ローマ ) 帝国から運ばれてきたモノとのことでした。

 確かに断崖にニョッキリそそり立つ石仏はすごいです。遊牧民の鮮卑が王朝を打ち立てて、西域からたくさんの捕虜を首都に連れてきて造らせたのですもの。そりゃあ気合も十分だったろうし、迫力も出ようというものでしょう。それに比べてこの一客はあんまり日の目は見ないけれど、きっとたくましい商人か誰かが一発大もうけしようと思ってヨーロッパから持ってきちゃったモノ ・・・ なんだかいとおしいではないですか。

 こんな杯でワインでも飲んでみたいなあ。そんな気持ちを込めて、仕事そっちのけでスケッチをしてしまいました。

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