March 27, 2013

新生「歌舞伎座」へいざ!

2013年3月27日(水)


 涙、涙の 閉場式 から待つこと2年11カ月。

 本日、歌舞伎座開場式に行ってまいりました!!!

20130327_01

20130327_02

20130327_03

(着物は、閉場式で着たのと同じものにしてみました)

20130327_04

(そしてコレも、 お約束

 新開場にあたっての吉報&悲報を、少しだけメモ。オフィシャル情報としてあまり上がってこない、幕見情報を中心に。

【吉報】

1.舞台がよく見えるようになりました!&一幕見席について

 公式にいわれているのが「1階席の柱撤去」と「2、3階席の勾配の見直し」。せっかく大奮発した1階席だったのに柱がジャマ! という、あのやり場のない悲憤ともこれで晴れてオサラバ~です。2、3階席も自分の座高や前の方の後頭部を気にすることなく、演目に集中できるようになりました! ありがたや~!

 でも一番気になるのはやっぱり、幕見です(笑)。

 開場式当日は幕見席には入れなかったので、3階席の一番上まで登ってチェックしてきました。

 3階席最上段の座席前に、身長150センチのわたしが立った状態(高さとしては幕見席前後2列の前列の人が身を乗り出しているくらいのイメージ?)での、舞台の見え方は・・・

 最も上手側からは、こんな感じ:

20130327_05

 最も下手側からは、こんな感じ:

20130327_06

 そうなんです、これだけ見えればもしや、スッポンがそれなりに見えるのでは? 助六の舞も、全部とはいわないまでも、、、期待できるでは???(←いや、コレは希望的観測かも・・・)少なくとも以前ほど、花道見たさに幕見最上手の席を確保すべく真剣になる必要は、なくなるかも(嬉)

 幕見情報を追記すれば、4階まで直通エレベーターもできました。体力勝負の急階段猛ダッシュから、これで解放されます。若い時分にはそのアドバンテージを最大限発揮していい席を頂戴したものですが(←ひどすぎ)、いまはもう息が切れちゃって・・・文明の利器よ、ありがとう。

 そしてもうひとつ、幕見のチケットは入場番号制になるそうです。一般の売場ではなく、幕見席入口わきの一幕見席切符売場で当日のみ販売、という点に変更はないようですが、チケットの入場番号にしたがって開演のおおよそ15~20分前に4階入場口から入場というスタイルになったのだとか。勘三郎丈の野田歌舞伎(八月納涼の第三部)が観たくて朝から8時間ぶっ続けで並んだこともある自分としては、これは朗報です。以前はまずチケットを押さえるために並び、購入後は早い入場順を確保するため即階段を駆けあがったりしなければならなかったワケですが、少なくとも一度は歌舞伎座前を離れて銀ブラ(いや、お弁当を選びにゆくくらいかな?)できるようになった模様。あ、でも販売開始時間が従来どおり入場と間がないようなら、そうともいえなかったりするのかな。あの長時間の行列で歌舞伎通の方々から受けたご講義には忘れ得ぬものがあるゆえ、自身にとって苦にはなりませんでしたが、体力的にもスケジュール的にも延々と並ぶのは厳しいというファンにとって、この改革が救済策となり得るかしらん。なお販売時間や金額等、詳細は通常、初日10日ほど前から案内開始とのこと。来月公演についてはいまだ発表がないようですが、そのあたりは引き続き要注目ですね。

※歌舞伎座チケット情報 公式サイト:
 http://www.kabuki-za.co.jp/ticket/

※追:松竹さん公式サイト 一幕見席のチケット&サービスについて:
 http://www.shochiku.co.jp/play/kabukiza/about/facility_makumiseki.pdf

2.バリアフリー化されました!

 駅の改札を出たところから、エスカレーターやエレベーターで階段を使わずに移動できるように! 車いすスペースもできたそうです。また大間(エントランスホール)の階段は非日常への入口ということで残されましたが、スロープが併設されています。既述ですが、4階の幕見席にも直通エレベーターで上がれるようになりました!

 エスカレーターも、段々にいたるまでほのかに朱がかってます。

20130327_07

 エレベーターも、かわいらしかったです。

20130327_08

3.トイレが広くなりました!

 こーんなに広くなって! ちなみに写真は3階の女子トイレ。

20130327_09

 入口と出口が分けられて一方通行になり(出口側には中からしか開かない自動ドアを設ける徹底ぶり)導線まで計算されているので、幕間の「早く、早くー」の焦燥感がおかげさまで和らぎそう。

 一番広いのは地下1階のものだそうです。実は開場式当日も、混む階のお手洗いは、やっぱりそれなりに並んでました。エスカレーターで移動できる方は、空いている階のトイレを利用するのも一策かと。

 ついでにいえば(?)パウダールームや喫煙所も完備。パウダールームには小さなお流しもあったし、ちょっとしたメイクなおしなら、お手洗いの人ごみに突入してゆくこともなくなるんですね。

20130327_10

20130327_11

【悲報】

1.カレー屋が、なくなりました。

 3階席でお世話になった歌舞伎座名物の カレー が、なくなってました。。。絶対にまた食べたくて、歌舞伎座の建て替え時アンケートにも 「カレー屋さんは残してください」 って書いたのに(涙)さみしいなぁ。

 でも、建て替えについての悲報は、このくらいです。第5代の歌舞伎座は先代の雰囲気をそのままに、活かせる技術はふんだんに取り入れて、まさに新生歌舞伎座!ここにあり! でした。

 愛しの歌舞伎座、これからも素敵な舞台を何卒☆よろしくお願い申し上げます!

20130327_12


オマケ1:大好きスポット「花道くぐり」も健在でした!

20130327_13

オマケ2:地下鉄東銀座駅を降りて歌舞伎座方面へ向かうと、地下2階にあたる場所に「木挽町広場」がどどーん。歌舞伎座一般席の切符売り場のみならずお土産ものやさんやお弁当やさん、限定グッズてんこもりのコンビニが四方を囲み、仲見世っぽい雰囲気が素敵。銀座・築地観光の情報を発信する地域情報センターがあるほか、地震などの災害時には帰宅困難者受け入れ施設にもなるのだとか。

20130327_14

そして木挽町広場でお土産に購入した「いろはきんつば」。焼き立てだったから、汗かいちゃいました!先代歌舞伎座の時には出店があったりなかったり、不定期での販売だったと記憶していますが、常設になったというのはうれしい限り。

20130327_15

20130327_16


追記:3階席に「想い出の歌舞伎俳優」の写真が飾られているのは先代歌舞伎座と同じく。新たに加えられてしまった名優たちを前に、涙ぐむファンも多かったです・・・富十郎丈、芝翫丈、雀右衛門丈、勘三郎丈、團十郎丈よ、永遠に。新生歌舞伎座を、天から見守っていてください。

20130327_17

20130327_18

【記事の修正について】3月28日(木)夜、新旧の情報を加筆修正するなど若干の変更を行いました。ご了承くださいませ。

| | Comments (11) | TrackBack (0)

May 05, 2010

この国で、伝えられてきたもの~こどもの日に寄せて~

2010年5月5日(水)


 先月末にも書きましたが、歌舞伎座閉場式。

 この日は絶対、和服を着てゆこう。そう心に決めて当日を迎えました。

 記念すべき日の身拵えは、祖母が衝動買いを泣いて祖父に詫びた、四角柄に濃淡異なる藍と紅がほどこされた大島に、同じく若い時分の祖母が一番気に入っていたという落ち着いた薄茶の、お公家さんの野遊びを映したと思われる手刺繍の帯。そしてその上に、祖父が娘時代の母と買い物をしていて、ふたりで一目ぼれをしたという、薄桃、薄水、薄紫に彩られた5弁の花がやわらかくも華やかに咲く、総しぼのお羽織を重ねました。

 祖父はすでに他界、また祖母は長いこと病院に入っており、観劇はおろか外出すら難しくなってしまいましたが、ひょっとしたら(いえかなりの確率で)祖母はこの大島を着て、木挽町の地でご贔屓の役者さんたちに拍手を送ったかもしれず、そこには、もしかしたら祖父も一緒だったかもしれません。歌舞伎を愛し、歌舞伎座を愛し、わたしに古典芸能の世界への扉を開いてくれた祖父母の想いと共に、思い出の地にお名残ができたのではないかしらん。そんなことを思いながら、最後の歌舞伎座に座っていました。

 人から人へと、大切に手渡されてきた歌舞伎、そしてお着物だからこそ、このちょっぴり切ないけれど、あったかい気持ちがある。伝統、というモノの意味とか、意義とかは正直わからないところもあるけれど、でももうこの気持ちだけで、先人の皆さんたちに 「守ってきてくれてありがとう」 と、叫びたくなりました。

 コチカゾウもこの大島で、歌舞伎に、ゆくのかな。

 この国で、伝えられてきたものを、こどもたちに伝えてゆきたい。そんなことを強く、強く思いました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 30, 2010

さようなら歌舞伎座~ちかぞう編~

2010年4月30日(金)


 いよいよ、お名残です。閉場式です。

 本日、昼の部、行って参りました。

 歌舞伎座前は、人、人、人。

20100430_01

 劇場内も、人、人、人。

20100430_02

 こんな中、3階席の3列目の真ん中で、泣きました。歌舞伎座のお名残に、そして歌舞伎の素晴らしさに。

  『都風流』 では、菊五郎丈、吉右衛門丈、仁左衛門丈、勘三郎丈、三津五郎丈、梅玉丈、團十郎丈、幸四郎丈のそろい踏み! 日頃はそれぞれ、ほとんどピンでしか舞わない方々がズラリ並んで、入れ替わり立ち代り珠玉の芸を披露してくださるわけですから ・・・ 日舞の素人が観ても、役者さんが各々大切にしている 「色」 みたいなものの違いが伝わってきて、舞う役者さんが変わる度に歌舞伎座の空気の 「色」 が変わるのが、わかるんです。子どもの頃、変わり玉を買ってもらうと、次がどんな色か気になって気になって、甘くて美味しくて楽しみで待ちきれなくて噛んで割ってその虹色のぐるぐるにはしゃいで騒いで、よく大人に怒られたものですが、その感覚のアンテナを30年ぶりに思い出す、というより奥底から引っ張り出されるくらい、有難くももったいないひとときでした。

  『京鹿の子娘道成寺』 に至っては、白拍子花子が、玉三郎丈、時蔵丈、福助丈、芝雀上、魁春丈、の5名ですから! 筋書に 「閉場式ならではの特別な趣向で」 と書かれていましたが、特別にも程がある? 一緒に観劇していた歌舞伎仲間曰く 「最初は可愛かったのに、どんどこ怖くなっていったよ ・・・ それも5人だから、んっとに恐ろしかった」 と。最後の大蛇なんて、大蛇も大蛇、大大蛇。女の情念が5倍、でなくて5乗されていて、またその情念がどうしようもなく美しいところが、許し難いようで、なんていうか胸を掻き毟りたくなるくらい切なくて。でも結局は、絵巻物のような景色に拍手喝采を送っている自分がいて、もう美しけりゃ何でもいいか、という気にすらなってしまうような、これまた眼福じゃ、眼福じゃ、と、それしか言えなくなってしまうような舞台でした。

 『口上』 は、芝翫丈に、藤十郎丈に、富十郎丈。芝翫丈の 「昭和6年に父と最初の舞台に立ちまして」 から始まる木挽町の思い出は、偉大なる業績でありながら、じんわりとあったかくて。歴史や伝統というのは、こうやって人の手や声の温もりで伝えてゆくことができれば、こんなにすとんと心に落ちるんだなあ、と。

 そして最後の 『歌舞伎座手締式』 。役者さんたちと観客の、手と、想いが一体となっての、手締めでした。観劇のよさは、役者さんと同じ空間で息ができることだとは常日頃から感じているのですが、歌舞伎座を愛して止まない人々がみーんな一緒に、たくさんたくさんの 「ありがとう」 を、それぞれの手に込めることができたのかもしれない、そんな気持ちにさせてくれる、最後の最後の、手締式でした。

 嗚呼、感情の赴くがままに、一気に書いてしまいました。

 歌舞伎座、本当に、本当に、ありがとう。

 新歌舞伎座にも、ゆきますからね。それまでは、新橋にも。

 歌舞伎、そして歌舞伎座よ、永遠に♪

追記:

 忘れてはいけないのが、3階席で散々お世話になったカレーやさん。カウンターから去る人たちが皆 「また3年後に」 と別れてゆくのが印象的でした。新歌舞伎座でも、通いたいなあ。

20100430_03

 そしてもうひとつ、歌舞伎座で観劇といえば、もなかアイス。さっぱり美味なのはもちろん、なかなか溶けないので、1階の売店から3階席まで持って行って、ゆっくり食べても大丈夫なところがお気に入りでした。

20100430_04

| | Comments (28) | TrackBack (0)

July 08, 2009

シネマ歌舞伎『牡丹亭』

2009年7月7日(火)


 「 言葉の問題は乗り越えられません。

   言葉の問題じゃなくて、

   その役の問題。

   そこでしか

   乗り越えられないと

   僕は思いました。 」


 そうなんです。今日、観てきました。


 シネマ歌舞伎 『 牡丹亭 』


 坂東玉三郎さんがことし3月、蘇州昆劇院と共に演じた昆劇 『 牡丹亭 』 の、制作ドキュメンタリーと舞台編。

 ※昆劇について等は、上記のサイト(松竹さんのページ)をご覧ください

 冒頭の引用は、制作ドキュメンタリーの中での、玉三郎さんのお言葉です。

 ああ、そうか。そうなんだ、と ・・・ 映画館の椅子の上で震えました。

 伝えるために、努力して努力して努力して、言葉を学んで努力して、そしてその圧倒的な努力の末に、最後はやはり、伝えたいことの本質が大切なんですね。

 そしてもうひとつ、驚いたこと。玉三郎さんは惜しげもなく、自らの芸を中国の劇団員たちに与えていました。自分が昆劇を教わっているのだから、ということもあるのでしょうが、それにしても当日の演目に関係のないことまで、あふれんばかりの芸を、大陸の役者さんたちに手渡していたのです。

 それに引き換え自分は、与えられるモノもないのに出し惜しんでいやしないか。貪欲に吸収すること、そして自分に出来得る限りの恩返しをすること、もっと言えば、恩返しとして相手に残せるだけの何かを己の中にきちんと育てること。どれもこれも、異文化と向き合ううえでは当たり前のことのはずなのに、どうして忘れちゃっていたんだろう。

 そんなことを自問自答しながら、それより何より玉三郎さんの美しさに久々にボーッとなって、帰りの日比谷線に揺られていました。

 コチカゾウの幼稚園のお迎え、時間ギリギリで猛然ダッシュだったけれど、でも観に行ってよかった。本当によかった。

 玉三郎さん、ありがとう。ありがとう。謝謝、謝謝。非常感謝。


追記 : 昆劇 『 牡丹亭 』 も、もちろん素敵でした♪ 昆劇のことは分かりませんが、でもカップルの初々しさや艶っぽさは、仁左衛門さん&玉三郎さんの歌舞伎の舞台に、ちかぞうとしては軍配を上げちゃうかな~。いや仁左衛門丈はちかぞうの中では神様みたいな人なので、神様と比べられちゃ相手役の俳優さんもかわいそうなのですが。でも一見ならず二度見、三度見の価値アリだと思います。ぜひ蘇州で、本場で観てみたいものです。いつかきっと~ッ!

追記 : ドキュメンタリー中、南京大学での講演のシーンで、映画 『 覇王別姫 さらば、わが愛 』 と主演のレスリー・チャンの話が出てきます。こりゃファンにはたまらんです。もしまだ観ていない方がいらっしゃったら、レスリーの女形を観てから 『 牡丹亭 』 のドキュメンタリーを観ることをオススメします。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 19, 2005

秋の夜と義経千本桜

2005年10月19日(水)


 先週金曜日の朝のこと ・・・

 NHKラジオ第一放送の 「 わくわくラジオ 」 を聴いていたら 奈良県立万葉文化館 館長 ・ 中西進さんがこんな謎掛けを紹介していました。

 「 秋の夜とかけて 『 義経千本桜 』 と解く 」
 「 その心は? 」
 「 静かに、ただ飲む 」

 おおおーーーっ!!!

 これはつまり ( こんなことを書くとちょいと野暮ですが ) 『 義経千本桜 』 のなかの 「 静 ( 御前 ) 」 と 「 ( 佐藤 ) 忠信 」 に掛けているワケで、こんな問答をさらりとできたらカッコいいなあ~っと。

  ・・・ この際 「 あの忠信は忠信ぢゃなくて、実ハ狐の化け物だろ? 」 とかは言わないでね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

February 23, 2005

七之助3月大歌舞伎休演

2005年2月23日(水)

 
 松竹さんによると、中村七之助丈が3月の歌舞伎座 ・ 大歌舞伎を休演するそうです。

 ( ※ 松竹からのお知らせ )

 先日の逮捕以来、そうなるのではないかと思ってはいましたが、お父さま ・ 勘九郎ちゃんの、歴史的な勘三郎襲名披露公演なだけに、歌舞伎迷 ( ファン ) としては 「 なんでこんなことにィ 」 と残念無念! なのであります。

 ところで襲名披露公演につきものなのが、口上。舞台上に襲名をする俳優を中心に、血筋 ・ 友人筋で近しい俳優たちが裃姿でズラリと並び、思い思いに祝いの言葉を述べ、今後のごひいきをお客さまにお願いする ・・・ 劇場が爆笑の渦になる裏話なども交えながら実ににぎにぎしく、おめでたい雰囲気がいっぱいでちかぞうも大大大好きな一幕なのでありますが、このときに休演の役者さんがいる場合、お詫びの挨拶が入るんですね。最近でいえば海老サマ襲名のときの団十郎丈の休演。海老サマはおそらく毎日毎日 ( 少なくともわたしが口上を見た2回は2回とも ) 「 父 ・ 団十郎、急病にて休演の儀、皆さまにはお詫び申し上げます、うんぬん 」 と頭を下げていらっしゃいました。このときは、それこそ涙を浮かべてじーんっとしちゃう人なんかもいて、歌舞伎座全体があったかーい拍手で包まれたものです。

 勘九郎ちゃん改め勘三郎丈も、3月は初日から千秋楽までひたすらステージ上で息子の不祥事を詫び続けることでしょう。今回の件は団十郎丈の休演とは、事情がまったく異なります。自分の子が起こした問題とはいえ、彼の心中は如何ばかりかと。

 中村勘三郎襲名披露公演の成功を祈りつつ ・・・ 親と子の、強くて濃くて重い絆のことなんて考えちゃったりもしているちかぞうです。

| | Comments (0)

January 19, 2005

ムバラク大統領

2005年1月19日(水)


 昨夜、豆電の黄色い明かりのもとで交わされた、ラブラブ夫婦のピロートーク。


-----------------


 ( ※ だ = だーりん / ち = ちかぞう )


 ち : 「 くすくす 」
 だ : 「 ははは 」
 ち : 「 きゃはは 」
 だ : 「 かーっ、かっかっかっかっか 」

 ・・・・・・

 ち : 「 なに、ソレ? 」
 だ : 「 かーっ、かっかっかっかっか。演目、忘れちゃった 」
 ち : 「 梅王?  」

 ( ※ 梅王 = 梅王丸。
     『 菅原伝授手習鑑 』 の登場人物 )

 だ : 「 誰だったかなあ 」
 ち : 「 ううーん、ちょっとナツオおぢさんっぽくない? 」

 ( ※ ナツオおぢさん = 十二代市川団十郎丈。
     本名、市川夏雄さん )

 だ : 「 成田屋? 」
 ち : 「 うん 」

 ・・・・・・

 だ : 「 ムーバーーーーーーーーーーーーラーーークゥゥゥゥ 」

 ・・・・・・

 ち : 「 はあ? 」

 ・・・・・・

 だ : 「 ムーバーーーーーーーーーーーーラーーークゥゥゥゥ 」

 ・・・・・・

 ち : 「 ねえ、それって大統領? 」
 だ : 「 うんっ 」
 ち : 「 ねえ、それってもしかして 『 暫 』 とかけてるの? 」
 だ : 「 うんっ 」

 ( ※ 『 暫 』 = 市川団十郎家 ・ 歌舞伎十八番のひとつ。
     主人公の鎌倉権五郎景政は悪をやっつける
                            スーパーヒーロー )

 ち : 「 強そうだね 」
 だ : 「 でしょ? 鎌倉権五郎ムバラク 」
 ち : 「 で、ムバラクさんってどこの大統領だっけ? 」
 だ : 「 ううーん? 」
 ち : 「 パキスタンだっけ? 」
 だ : 「 そうだっけ? 」
 ち : 「 カーン博士のニュースのときに名前を聞いたことがある 」
 だ : 「 そう? 」
 ち : 「 うん 」


-----------------


 ムバラクさんは、エジプトの大統領でした。
 パキスタンの大統領は、ムシャラフさんだってば!

 ( 恥 )

 バカップルで、ごめんなさい。もっと国際情勢のお勉強をします。

 ところで懸案の 「 かーっ、かっかっかっかっか 」 。
 演目、もしくは役名のわかる方いらっしゃいましたら、どうぞ教えてくださいませ。

| | Comments (0)

August 22, 2004

八月納涼歌舞伎(第一部)

2004年8月22日(日)


 八月納涼歌舞伎の第一部、行ってまいりました!

 染五郎サマ、カッコよすぎ。

 勘太郎クン、芸のぐいぐい伸びる音が聞こえるよぅ。

 染五郎サマは、やっぱりマイクなしの舞台が似合いますね。劇団☆新感線の 『 阿修羅城の瞳 』 は、音響のせいもあってか声がくぐもっちゃってハッキリ言ってつまらなかったもの ( まともに聞き取れたのは宝塚出身の女優さんと夏木マリさんくらいでしたよ ・・・ ううーん、実力の差? ) 。お父さまと一緒の 『 アマデウス 』 や歌舞伎なら、麗しき声がストレートに届いてくれてホラ、鼓膜も喜んでぶるぶる震えてくれるのです。

 勘太郎クンは、大河ドラマ 『 新撰組! 』 でもご活躍中! ( とはいえ、なんといっても山南敬助役の堺雅人さんが群を抜いてますが。辻仁成原作の 『 嫉妬の香り 』 でへぼへぼ男を演っていたのが嘘みたいだ ・・・ 役者って凄い! あっ、話がそれちゃった ) そんなこともあって本当に久々に彼の歌舞伎を観ましたが、膝が成長痛にならないか心配になるほど、板の上の彼は大きくなってました。勢いのある役者って、いいですねえ。

 とにかく第一部は、彼らふたりの輝きに負けた! くらくらっ!

 どうにかして、第二部 & 第三部も千秋楽までに観てきます。がんばっちゃお。

観劇追メモ:

★ 『 元禄忠臣蔵 』 御浜御殿綱豊卿

 徳川綱豊卿 ( 市川染五郎サマ ) と赤穂の浪人 ・ 富森助右衛門 ( 中村勘太郎クン ) の 「 敷居を越えるか? 」 「 越えませぬっ 」 の掛け合いが実に魅せる! 第二幕第三場 「 忘れるな、そちは我に悪口を吐いたぞえ、ふわっはっはっは ( ← 記憶曖昧 ) 」 で着物の裾をヒラリッ! そして同第四場では能舞台へ向けて静かに去ってゆく ・・・ 染五郎サマの引っ込みはどちらの場でもサイコーッ! 三十路にして背中で魅せる俳優さんに、彼はなっちゃったんですねえ。

★ 『 蜘蛛の拍子舞 』 花山院空御所の場

 納涼らしい怪談モノ。蜘蛛のお化けのぶっかえりと、吹き出す糸に客席はやんややんやの大喝采! 踊り達者をそろえた豪華俳優陣 ( 勘九郎、福助、三津五郎、弥十郎、高麗蔵、橋之助 ・・・ ) にはナンともはや、うっとりでした。勘九郎ちゃん一座 ( ? ) らしくアドリブもありまくり、どうしてあんなに茶目っ気たっぷりの芝居ができるのか、考えたりする間もなく大口を開けて笑ったり 「 おおーっ 」 と唸ってしまったり。びば、びば、中村勘九郎コンツェルン!? びば! びば!

| | Comments (0)

August 17, 2004

圧巻!服部コレクション

2004年8月17日(火)


 今日はだーりんと一緒に、上諏訪まで旅してきました。

 彼は川崎から、わたしは東京の町田から、青春18きっぷを駆使しての日帰り旅行。今回の目的は、なんといってもサンリツ服部美術館の 「 茶道具の美 『 時代を超えた名品 』 」 展でありまして、日本にふたつしかない和物茶碗の国宝、本阿弥光悦作の白楽茶碗 「 不二山 」 を拝見して参りました。


20040817_01.JPG

( 実物は上部がもっと白っぽくて、味わい深いんですよ~っ )


 このお茶碗、光悦さんが愛娘のお嫁入りの際にお振袖に包んで持たせたものなのだとか。よって別名、振袖茶碗。自分で箱書まで付けちゃって、それも作者自らが箱書付けをする 「 共箱 」 の風習はこのときにはじまったというから、光悦パパの娘への愛情は計り知れないものがあります。いいお父さんだなあ、本阿弥光悦。

 個人的には、国宝の不二山より、別に出ていた織部の水指の方が好きでしたが、美術館刊行の名品聚に掲載されていないところを見ると、いわゆる 「 名品 」 ではないのかしらん。それにしたって服部一郎さんのコレクションは、それほど大きくない展示室を見終えるとぐったりするほどの充実ぶり。片道4時間の道のりではあれど、きっとまた足を運んでしまいそうな美術館でありました。

オマケその1:

 上諏訪駅のホームには、なんと足湯があるんですねえ。

20040817_02.JPG

 電車を待ちつつ、旅の疲れを癒すにはぴったりでしたよ。

オマケその2:

 諏訪、そして諏訪湖といえば 『 本朝廿四孝 』 の八重垣姫のラヴ ・ ステージ! 諏訪湖をバックに、姫を気取ってハイ、ポーズ!

20040817_03.JPG

「 勝頼サマ~ッ 」

 ちなみに後ろに見えるのは、八重垣姫の石像です。すんごいデカくて、びっくし。

| | Comments (0)

August 14, 2004

曽我煎餅&五郎力餅

2004年8月14日(土)


20040814.JPG


 先日の歌舞伎フォーラム制作発表の際、おみやげでいただいた曽我煎餅と五郎力餅をいただきました。

 小田原の正栄堂さん、ごちそうさま。

 曽我煎餅は神奈川県指定銘菓とのこと。ちょっと調べてみたら神奈川県指定銘菓というのは、太平洋戦争中に伝統あるお菓子の製造技術を後世に伝えるため、県が特殊菓子として指定し、原料を特別に配給したことに端を発しているのだとか。正式にスタートしたのは昭和25年、神奈川県指定銘菓要綱の制定後、第1回の銘菓指定が行われてからだそうですが、いやはや。曽我兄弟にまつわる話うんぬんより、もっと近いところに伝統たることの歴史の重みを感じてしまいましたデス。

 五郎力餅は、ネットで引くと鎌倉の権五郎力餅ばかりヒットするんですよね。曽我五郎と 『 暫 』 の鎌倉権五郎のネームバリューの差? 江戸時代のヒーロー、曽我兄弟はいつからこんなにマイナーになってしまったんでしょう。なんだか寂しいなあ。曽我五郎だって強力 ( ゴウリキ ) だったんですよ、それにイイ男だし ( 花川戸助六、あのカッコいい男の代表だって、実ハ曽我五郎なのですから ) 。ガンバレ、曽我五郎! 権五郎なんかに負けるな! なんて気付けばどちらも成田屋さんの十八番ではないですか ・・・ どっちもガンバレ! 曽我五郎 & 鎌倉権五郎! はっはっは。

 お味は、曽我煎餅はちょいと甘めの瓦焼き。五郎力餅は、ピンクの薄餅に固めの白あんがほくほく。小田原土産にはぴったり、特にお相手が歌舞伎ファンであれば喜ばれること間違いなしでしょう。

| | Comments (0)